「飛び降りたら下の人に迷惑がかかる」

結婚前に作業長に昇進していた夫は50代に入ったころから徐々に様子がおかしくなっていった。「『作業長なんてなりたくない』と言いつつ、12~13年はなんとかこなしていましたが、51歳頃に異動となり、そこから悪化していったように思います。朝は7時半頃から、夜は21時頃まで会社で働き、帰宅してからもパソコン作業をしていました」

だんだん会社を休む頻度が増え、家で酒を飲んでテレビを見てばかりに。

「夫は病院に行くのを嫌がり、私は知識もなく、どうしたらよいかわかりませんでした。『ツレがうつになりまして』という本を読みましたが『夫とは違うな』と思い参考になりませんでした」

その後、しばらくはなんとか働いていたものの、2017年3月、冒頭で触れたように50代後半になった夫はうつ病と診断された。休職してからの夫は、リビングのこたつで寝起きするようになり、タバコを吸うためにベランダに出ることと、朝、ドラッグストアに酒を買いに行くこと以外、ほとんど動かなくなった。

大津さんの母親(当時70代)が同じ年の9月に口腔がんと判明してからは、大津さんは母親の入院の面会や抗がん剤治療の通院に付き添うように。時には、母親と夫の病院を“はしご”することもあった。

「夫が『ここから飛び降りたい。でも下の人に迷惑がかかる』と言ったときは、『心配するのは私や義母、義姉ではなく、下の人?』と、なんとも言えない気持ちになりました。私は次第に家に帰るのがしんどくなっていきました」

この頃の大津さんは、朝泣きながら出社し、泣きながら帰宅していた。

「コルサコフ症候群」と「てんかん重積発作」

2021年6月。再復職を果たしたが、またしてもうつを発症し、2024年3月には再々休職となった。

そして2025年4月下旬の朝。状況が悪化する。

58歳になっていた夫がトイレではなく、和室で小便をしてしまったのだ。「大丈夫?」と尋ねると、「大丈夫。仕事行っていいよ」と。その言葉を信じて出社したが、17時半頃に帰宅すると、リビングで夫が倒れていた。緑色の吐しゃ物と失禁の跡が枕やカーペットにあり、手足を触ると冷たく、呼びかけにも反応がない。

119番通報し、脳梗塞になった時に搬送された病院を指定する。

病院で検査を受けると、「敗血症かもしれない」と言われたが、結局、原因不明。

頭部CTの画像
写真=iStock.com/stockdevil
※写真はイメージです

5月に精神科への転院が決まると、ようやく精神科医に「コルサコフ症候群とてんかん重積発作です」と診断された。

コルサコフ症候群は、主にアルコールの多飲に伴うビタミンB1欠乏によって生じる「ウェルニッケ脳症」の後遺症として発症する認知症。ビタミンB1不足は、アルコールの多飲や偏食などが原因だと言われる。

【図表】若年性認知症実態調査結果概要
出典=厚生労働省「若年性認知症実態調査結果概要」

「夫は2024年10月頃からお酒を飲むだけで、食事をしなくなっていました。いつも料理を残されるので、私も諦めて、作らなくなってしまいました。その頃から、私は帰宅するたびに、夫の手足を触って生存確認するようになっていました。それくらい生活がすさんでいたのです」

「羊たちの沈黙」のレクター博士ばりの拘束

2025年春から夫の入院生活が続いていたが、年末年始には一時退院して自宅に外泊することに。だが、年明けに病院に戻ると、発熱してしまう。熱が引いて2〜3日経った頃、突然夫は車椅子の足を置くプラスチック製の部分を蹴って破壊し始め、それを止めようとした看護師に反発した。

その知らせを聞いた大津さんは、耳を疑った。夫は会社でも温厚なことで有名で、怒ったところや暴力的なところを誰も見たことがなかったからだ。

病院へ行くと、夫は3本ほどの太いベルトでベッドに拘束されていた。

「映画『羊たちの沈黙』のレクター博士をご存知ですか? あんな感じで拘束されていて、本当にかわいそうでした」

ところが退院させようにも、粗暴行為が問題となり、なかなか退院させてもらえない。

翌年の2月にも一時退院して自宅に戻ったところ、夫は夜中の2時頃に散歩に出たまま戻れなくなり、交番に駆け込んだ。朝の4時頃インターホンが鳴り、飛び起きた大津さんは、玄関モニターに映し出された警官の姿に驚いた。

警官は「ご主人を保護しているので引き取りに来てほしい。パジャマ姿なので上着と靴を持参してください」と言った。夫は真冬にもかかわらず、パジャマ姿で素足。足には自身のものと思われる大便を踏んだ跡があった。

病院へ戻ると拘束されるため、「セカンドオピニオンを希望する」と大津さんが言うと、ようやく退院が決まった。