敗戦前後の歴史を知らず外交する首相の不勉強

今年8月13日、ロシアのプーチン大統領が択捉島を視察した。高市早苗首相はこれに猛抗議したが、2つの意味で日本の国益を損なうばかりだ。プーチン大統領が北方領土に足を踏み入れたのは今回が初めてだ。その意図は明確ではないが、日本の対ロ制裁に対するけん制のほか、高市政権を「新型軍国主義」と批判する中国と足並みを揃えたいという思惑も見え隠れする。

この訪問に対し、高市首相は「断じて許容できない」「中長期的な関係回復を困難にした」と批難し、関係断絶を示唆するかのような強い表現だった。

プーチン大統領も黙ってはいない。9月2日、キルギスで平和条約締結交渉について「われわれにとっては決着済みだが、何らかの形で議論する用意があった」と過去形で語ったうえで、「現在の両国関係の悪化はすべて日本の責任だ」と主張。日ロ関係は近年冷えていたが、氷漬けの状態が当面続く。

高市首相のどこがズレているのか。まず一つは、敗戦前後の歴史を知らずに外交していることだ。1945年2月のヤルタ会談では、ドイツを米英仏ソで分割占領することが決定。このときソ連の対日参戦の見返りに、南樺太と千島列島をソ連に引き渡すことをルーズベルト米大統領が認めた。ソ連はこの「千島列島」に南クリル(現在の北方領土)も含まれると解釈している。

ところが8月に日本がポツダム宣言を受諾すると、スターリンは16日にトルーマン宛ての書簡で北海道北部の分割占領を提案し、上陸する構えを見せる。ルーズベルトの急死で就任していたトルーマン大統領は分割案を拒否。結果、ソ連軍は南樺太と千島列島を占領するにとどまった。アメリカが「約束通り南クリルまでやるから、北海道には手を出すな」と押し戻したわけだ。

アメリカがスターリンの主張を受け入れていたら、北海道はドイツのように分割占領されて戦後の発展に支障が出ていただろう。もとより日本はポツダム宣言を受諾した無条件敗戦国であり、何かを拒否する立場になかった。

日本の保守派は、ソ連は終戦直前に日ソ中立条約を破って参戦し、終戦後に北方領土を占領したのだから無効だという。しかしソ連からすると、アメリカと約束したとおりに占拠しただけで、「文句があるならアメリカに言え」というところだろう。

保守派はアメリカに文句を言う度胸はなく、「北方領土は日本固有の領土」と主張する。しかし、領土は歴史的な文書ではなく実効支配で決まるのが国際政治の現実である。無理を通そうとしているのは保守派だけではない。北方領土は不法占拠されているというのが、今も政府の公式な見解である。

実はソ連を引き継いだロシアは、北方領土を重視していない。ロシアではシベリアや極東ロシアが人口減少で寂れると中国から圧力が強まるので、政府は若い人を入植させようと手を打っているが、あまりうまくいっていない。

極東ロシアの東端に位置するクリル諸島に至っては、むしろ維持することが負担になっていて頑なに領有する意義は低い。それゆえ、かつてはプーチン大統領も日本との交渉のテーブルにつく姿勢を見せていた。ところが2020年の憲法改正で領土割譲を禁じ、今回の訪問で自ら島に降り立ったことで、手放さない姿勢を政治的に確定させてしまった。といっても、交渉のテーマは北方領土の「返還」ではない。ロシアからすると北方領土は戦後処理の結果として正当に領有した島であり、返すいわれはない。ただ、平和条約を締結し、経済協力などのお土産をたくさんつけてくれれば自分のものを「譲渡」してもいいという立場だった。

(構成=村上 敬 写真=時事通信フォト)

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