工費は倍の約11兆円 それでも掘り続けるのか

リニア中央新幹線の静岡工区がいよいよ再稼働し始めた。しかし、この先に明るい未来は想像できない。JR東海には、取り返しのつかない事態になる前に引き返すことをすすめたい。

2014年に認可された建設工事のうち、静岡工区が膠着状態に陥ったのは17年。川勝平太前静岡県知事は、トンネル工事で大井川の流量が減るおそれを理由に着工を認めない姿勢を貫いた。この区間だけが未着工だった。

風向きが変わったのは川勝前知事が不適切発言で24年に辞職してからである。新たに就任した鈴木康友知事は容認派であり、26年7月18日には自然環境保全協定を締結した。8月21日には地質調査のボーリングが静岡県内にふたたび入っている。本体の掘削はこれからだが、約9年止まっていた時計の針がようやく動き出した。

しかし、楽観してはいけない。私は3つの理由でリニアは失敗すると踏んでいる。まず、水の問題がある。トンネルを掘り進め、脆い破砕帯に当たると、大量の地下水が湧き出てトンネル内に流れ込む。JR東海は湧き水を導水路で大井川に戻すという。説明どおりなら、大井川の流量に深刻な影響は出ないだろう。

私が心配しているのは戻す前の段階だ。トンネル工事は湧き水との闘いである。戦後の黒部川第四発電所工事は資材運搬のために北アルプスにトンネルを掘ったが、破砕帯に突き当たって大量の出水があり、土木工事史上に残る難工事となった。この発電所の建設全体では171人の死者が出ている。

南アルプスの下、岩盤の厚さが最大1400メートルに達するリニア工事では、想定以上の大破砕帯に当たる可能性がある。難工事になるほど事故のリスクは高まる。そうならないことを心から祈るが、作業員の命に関わるリスクを背負ってまでやるべき工事なのか。

当初、リニアは木曽谷、伊那谷、南アルプスの3ルートが検討されていた。木曽谷や伊那谷にもトンネルはあるが、南アルプスほどの難工事区間はなかった。しかし、JR東海が望み、国が決めたのは、直線で総距離が短い南アルプスルートだった。総工費が抑えられ、名古屋に早く到着できるメリットを重視した選択だ。ところが実態は違った。南アルプスルートを選んだために静岡で工事が止まり、その間に資材や労務費が高騰。当初計画では総工費約5.5兆円だったが、25年の見直しで約11兆円に膨らんだ。

09年の試算では、伊那谷ルートの総工費は約5.7兆円、南アルプスルートは約5.1兆円だった(いずれも中間駅の建設費を含まない)。伊那谷は1割強高いが、水問題で9年も止まることはなかったはずで、結果的には安く済んだと私は見ている。

民間事業だから自業自得では済まない。建設資金のうち3兆円は国の財政投融資からの借り入れだ。リニアを強力に推進したJR東海の葛西敬之名誉会長(当時)は安倍晋三首相(当時)と極めて近かった。リニアで失敗すれば返済が滞るリスクがあり、国民はすでに巻き込まれているのだ。

当初、JR東海は品川‐名古屋間の開通を27年としていた。すなわち来年だ。丹羽俊介社長は新たな開業時期を明言していないが、会社側は静岡工区に着手してから開業まで、どんなに早くても10年はかかるとしている。

(構成=村上 敬 撮影=的野弘路 写真=時事通信フォト)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
副首都を1つ決めても日本は変わらない…「9つの首都」が地方に競争を生むワケ
トランプのイラン核施設攻撃が中国やロシアに与えたメッセージ
卒業後5年で年収が750万円増える 世界基準の「リカレント教育」の効果
AI半導体特需で「一人負け」はウソ 世界が欲しがる日本の"隠れた武器"
期限を過ぎると大損する…相続前後「もらえるお金」「必須の手続き」28