「お父さんが生きていれば」とため息
大学卒業後に希望する仕事に就けなかったことが長年の負い目となったのか、自分に自信もなくしたようで、恋愛にも消極的で結婚にも縁がありませんでした。収入も手取りが15万円程度と、とても家族を養っていける状態でもないため、親としてもお見合いをすすめることもできなかったそうです。
それでも少ない収入の中から毎月3万円を食費として家に入れてくれていますが、生活のほとんどはAさんの年金とパート収入に頼った生活を続けていました。父親が定年退職した時の退職金や保険金もありましたが、住宅ローンの清算や屋根や水回りの修繕、父親の医療費などで、それほど多くは残ってはいません。
今後パート収入がなくなると、1カ月の収入は年金と息子からの3万円を合わせて21万円。一方、1カ月の支出は20万円と家計はギリギリです。
息子に頼ることもできないまま70代を迎えたAさんは「もし、自分が寝込んでしまったら、私たちの暮らしはどうなるのだろう……」と不安を抱える日々を過ごしています。
ほとんど会話もない一人息子には「母さんは足も痛いし、もう仕事は辞めることにしたわ」とだけ、夕食の時に伝えましたが、息子は「うん」と答えたきりで、自室に閉じこもってしまいます。
Aさんは、そんな息子にも不満を感じ、「なんでこの歳でこんな思いをしなければならないのだろう。お父さんが生きていれば……」とため息をつくのでした。
やつれた76歳の叔父を見て改心した息子
そんなある日、Aさんの兄(76歳)が介護施設に入った、と連絡が入ります。Aさんと息子は、2人で兄の様子を見に行きました。妻を亡くして以降、元気のない兄でしたが、しばらく会っていない間にずいぶんとやつれた姿になっており、Aさんは兄のそんな姿を見て、自分の将来の姿を想像してしまいました。
Aさんの兄の入居した施設は、まだ新しく小綺麗で、働いている人たちは年代も幅広く、廊下ですれ違っても全員が笑顔で挨拶をしてくれるなど、誰もが優しく快活なイメージの施設でした。Aさんは「私も将来はこんな施設に入りたいけど、そんな余裕はないわ」と心の中でつぶやきました。
兄の部屋を出たあと、2人は廊下で、Aさんの息子と同じ年頃の職員が車いすの入居者から「いつもありがとうね」と声をかけられている姿を見ました。
入居者は嬉しそうに笑い、職員も自然に笑い返していました。その光景を見た瞬間、息子は胸の奥が熱くなり、「自分も誰かの役に立てる仕事をしてみたい」と初めて思ったといいます。
兄の施設から戻って2カ月ほど経った頃、Aさんはほとんど会話のない息子から突然、次のように告げられます。


