電力価格は一時6.6倍に
ドイツ全体で電力が枯渇したわけではない。だが、冷房・扇風機の需要が急増した結果、局地的な配電網が悲鳴を上げた事実は重い。
しかも、熱波の負荷は停電だけでなく、価格にも表れる。ユーロニュースによれば、国際環境NGO「350.org」は、6月21~27日の1週間だけで、独仏の電力費の追加負担が前週比で計7億ユーロ超(約1300億円、1ユーロ約180円換算)にのぼったと分析している。このうちドイツ分は3.71億ユーロ(約670億円)だった。
この記事によれば、ドイツの卸電力価格は正午の1メガワット時86ユーロ(約1万5000円)から、午後8時に566ユーロ(約10万円)へ上がった。正午比で約6.6倍への急騰である。これは家庭料金ではなく市場価格だが、昼間に太陽光が供給を支えても、日が沈む時間帯に冷房需要が残れば価格は跳ねる。
これは単なる市場価格の話ではない。電気代が跳ね上がれば、家庭には冷房を控える圧力がかかり、病院や介護施設、工場は空調コストを抱え込む。冷房が生命維持インフラになった社会では、電力価格の高騰はそのまま健康、医療、産業への圧力になる。
今回の核心は、暑さそのものより、電力と冷房という生活の安全網が同時に薄くなった点にある。ドイツは2023年4月に最後の原発3基を停止し、ウクライナ危機後にはロシア産ガスというかつての安全弁も失った。加えて、家庭の冷房普及率は日本や米国より低い。
冷房の有無が生死を分ける
なぜ、欧州を代表する先進工業国が、暑さという最も身近なリスクにここまで脆弱になったのか。答えの半分は気候変動にある。だが残る半分は、電力、冷房、燃料調達、医療、産業を一体の安全保障インフラとして扱い、危機時の選択肢を残してこなかったことにある。
猛暑は、健康、医療、産業を同時に揺らす負荷試験である。高齢者や持病のある人の命を脅かし、病院、介護施設、工場、物流倉庫、データセンターの空調負荷を押し上げる。
冷房を我慢する家庭が増えれば熱中症患者が増えて医療を圧迫し、電気代が跳ねれば家計と企業収益を同時に削る。エアコンは、すでに家電の域を超え、暮らしの末端を支える生命維持インフラになっている。
2023年7月に掲載された医学専門誌『ネイチャー・メディシン』の論文では、2022年夏の欧州35カ国の熱関連死を6万1672人と推計している。国別ではイタリア、スペインに次いでドイツが8173人で3番目に多かった。ここで指すのは狭い意味の「熱中症死」ではなく、暑熱が循環器疾患などを悪化させた分も含む熱関連死である。だからこそ、冷房は健康政策そのものになる。
さらに長期で見れば、被害の蓄積はもっと深刻だ。2024年10月に公表された医学専門誌『ネイチャー・コミュニケーションズ・メディシン』の論文は、2014年から2023年までの10年間にドイツ国内で約4万8000人が熱関連で死亡したと推計している。犠牲者の大半は高齢者であり、冷房の有無が生死を分ける構造は年々強まっている。

