人生を豊かにする「ゴールデンカラー」に
身体と心を動かして、人のいのちや暮らしを支える仕事、農業や工業、福祉・教育・医療の仕事は、本来、やりがいのある仕事のはず。高収入で、時間に余裕のある働き方ができるのなら、選びたい人も増えるのではないだろうか。というか、そうならなければ、人類は、労働の歓びを手放すことになってしまう。
私たちの脳には、「身体を動かし、人と関わり、成果を手にしたい」という本能がある。とりもなおさず、よりよい生殖と生存の基本だからだ。「好きなだけソファでダラダラして過ごしていい」と言われても、そんなのが嬉しいのは最初の半日だけ。なんでもAIがやってくれるから遊んで暮らせばいいと言われても、人間は幸せじゃない。労働の歓びは、人類からけっして消せない。
AIによって経済構造が変わり、ブルーカラーの仕事により多くの資本が投入され、高収入と時間の余裕、快適環境が実現されれば、ブルーカラーの仕事は、労働の歓びひいては人生の歓びをもたらす営みの一つとして、人々の敬意を集めるだろう。そうなったらもう、ゴールデンカラーと呼んでいいのでは?
ホワイトカラーもまだまだ負けていない
とはいえ、ホワイトカラー(ビジュアル・音楽・コンテンツなどのクリエイターも含む)の仕事も、簡単にAIにとって代わられるようなものではない。人類が、「とって代わられるところ」を過大評価し続けてきただけの話。
今や、AIは、人間のプロをはるかに凌駕した知識生成演算をして、有効な提案をしてくる。イラストも描き、楽曲も提供してくれる。その提案をそのまま採用できることも山ほどある。それでも、人間のプロを超えたわけでも、人間のプロが要らなくなるわけでもない。
人間のプロの知識演算は、単なる知識の組合せだけではなく、身体と心を動かしてきた結果、手に入れた勘をベースに行われているもので、AIのそれとは本質的に違うものなのだ。今こそ、すべてのプロである人たちは、それを自覚してほしい。


