自己納得感の源
⑤「終わらせることが何もない」状態が究極である
Aさんとは病室でよくお話をさせていただいたが、「やり残したこと」への後悔などは一度も口にされなかった。
それは「歌うこと」を人生の中心に据え、それだけを極めてきたからなのだろう。
その清々しいまでの最期は、人生の中心に据えた「大切なこと」をやり切った人特有のものだったのだと思う。
人生の中心に据えるものがないまま、場当たり的に行動していると、最期の最期まで「あれもやらなかった」「これもやらなかった」「まだまだ、やりたいことがあった」という後悔が残りそうだ。
そうではなく、ひとつのことを追究してきたからこそ、最期に「もう十分です」と潔く言える人生。言い換えれば、「もう終わらせることが何もない」状態が、究極の最期であり、自己納得感の源なのかもしれない。
では、そんな最期へと向かうために、何をすべきか。それこそが目標達成に向けて計画した今日という一日を、しっかり「終わらせる」ことだ。
何かを終わらせては何かを始め、始めては終わらせる。この積み重ねが、何ひとつ後悔のない、もう「終わらせること」がない最期へと向かう一本道を切り拓いていく。
大切なことに集中するために計画する
Aさんが教えてくれたのは、なにも特別な生き方ではない。「何に時間を使うか」を最期まで自分で選び続けようという、ただそれだけのことだ。
時間管理というと、多くの人は「やるべきことを効率よく終わらせる技術」だと思いがちだ。もちろん、それも大切だろう。しかし、それだけでは人生の満足度は決まらない。
本当に問われているのは、「その時間は、自分にとって大切なことに使われているのか」という一点だ。
「大切なこと」が定まっていないまま時間を管理しようとすると、計画はすぐに窮屈なものになるだろう。
しかし「大切なこと」がはっきりしていれば、日々の計画は、それを究めていく道を開く道具になる。やることを増やすための計画ではなく、大切なことに集中するための計画だ。
「この時間は、僕にとって本当に大切な時間だろうか」
そんな問いを抱きながら計画を立てていくと、時間は単なる消費ではなく、人生への投資に変わっていく。
本書で紹介してきた時間管理法は、実は、すべてこのためにある。
最初のうちは「今、課されている(あるいは自分に課している)仕事」をこなすことで頭がいっぱいだろう。
しかし、慣れてきたら少し視野を広げてみてほしい。
本書でお伝えしてきたノウハウを、当面のタスクだけでなく、人生そのものにも当てはめ、生きる目的や意義、「大切なこと」を追究するために活用してほしい。
それが、本書の最終目標だ。


