記者の問いにナベツネの問題発言が飛び出す
さらに翌8日夜、騒動の最大の転換点となる言葉が飛び出した。記者からの「古田選手会長が直接の話し合いを希望しているが」との問いかけに、渡邉が答えた。
「無礼なことを言うな。分をわきまえないといかんよ。たかが選手が……」
この発言はセンセーショナルに報じられ、周りの声に一切耳を傾けず、自分たちの胸算用だけで物事を押し通そうとするオーナー陣の姿勢を象徴する一言として受け止められた。これを機にマスコミや世間の反発は急激に高まり、経営側への激しいバッシングの嵐が吹き荒れ始める。
やがて選手関係委員長を務める瀬戸山にまで、非難の矢が飛んでくるようになった。
当時は個人情報の管理が緩く、球団役員の連絡先などは調べればすぐに分かった。瀬戸山の自宅には度重なる無言電話がかかってくるようになり、ついには脅迫状まで届いた。
「ナベツネは難しいからお前を狙う」。そんな言葉とともに、瀬戸山の妻子の存在に触れ、「家族の行動はすべて調べてある。注意しろ」といった不気味な文言が記されていた。「悪者」のレッテルが否応なく貼られ始めていた。
悪人役を背負わされた瀬戸山の苦悩
その後も球界の混迷は深まる一方だった。有力オーナーによる打算的な発言が飛び交い、1リーグ制移行か、2リーグ制維持かを巡る綱引きが続いたが、本質的な議論は深まらなかった。8月には、裏金問題の発覚によって渡邉が巨人オーナーを引責辞任。混乱に拍車がかかった。
一方、選手会と球団存続を願うファンは、署名活動やイベントを通じて結束を強めていた。
対話を拒み続ける経営側と、世論を味方につける選手会。両者の対比が鮮明になるほど、経営側の実務トップである瀬戸山は、いわば「悪人側の番頭」という役回りに嵌め込まれていった。選手会の思いを携え、コミッショナーに直談判したことを知る者は当事者以外いなかった。
そして9月に入り本格的な団体交渉が始まると、瀬戸山の苦しい立場を象徴する出来事が起きる。交渉後の会見での、古田による「握手拒否」の一幕である。
※肩書は当時。
※参考文献『2004年のプロ野球 球界再編20年目の真実』山室寛之著



