信憑性のある記録は短い一文のみ

以上が八百屋お七事件の概要だが、この一連の経緯には不明な点も多い。

例えば『天和笑委集』――この書は同時代の火災に関しては詳細に記している半面、放火犯については物語風に脚色しているフシがあり、お七の生家が八百屋だったという話に根拠があるかは、疑う必要がある。お七の素性は、正確には不明といえよう。

避難先だったはずの正仙院も、当時の江戸の地図に見当たらない。お七一家が身を寄せたのは円乗寺(文京区白山1丁目)という寺院で、円乗寺の山号「正得院」を正仙院と書きまちがえた可能性があり、実際、円乗寺には現在、お七の墓が建っている。つまり『天和笑委集』の記述には疑問もある。