「靴ではなく想い出にお金を払う」
いわば、無料で手に入れた靴だ。筆者は呆気に取られて「元値の3〜4倍のお金を払ってでも修理を依頼するなんて……」と言葉を漏らしてしまった。
「確かにビックリするかもしれませんね。でも彼にとってその靴は、靴じゃない。想い出なんです。故人と自分をつなぐツールとして見てるんですよ」
亡き父の形見を息子が履けるよう、サイズを3cm縮めてつくり直す依頼もあった。それだけではない。結納のお返し、友人の形見、初任給で買った自分へのご褒美……。ある70代の男性は、今では高額な靴をいくらでも買えるのに、若い頃に歯を食いしばって働いていた時代の靴を最も大切にしているという。
「靴にはそれぞれのストーリーがあります。今のお客さまは、モノでも技術でもなく、その裏にあるストーリーにお金を払っている。僕はそう思います」
こうした客の想いに応えるため、作業環境にも妥協しない。道具や機械はすべて自分仕様にカスタマイズしている。一見するとまな板のように見える作業台の「場板」は、太ももの上に乗せるだけでなく足で挟んでも作業できるよう、膝の高さに合わせて材木店で切り出してもらった。革に色をつけるインクに至っては、試行錯誤を重ねて100色以上のオリジナルをそろえている。業界の人からも「どこで売っているんですか」と聞かれるほどだ。
「盗むもの」だった職人技をYouTubeで公開
アナログな手法を守る一方で、村上さんは、新たな挑戦にも取り組んでいる。
「現在進行形で必死ですよ。生き残るために。同じことをずっとやっていたらお客さまに飽きられてしまいますから」
売上の波を小さくするために力を入れているのが、noteやYouTubeを通じた情報発信だ。かつて職人の技は「盗むもの」であり、工房の裏側はブラックボックスだった。しかし村上さんは、プロの知見を惜しみなく公開している。
「修理業は大昔からあるので、今から『こんな修理ができます』と謳っても差別化は難しいんです。あ、これ見てください」
そう言って一足を手に取り、靴底をこちらに向けた。
「ここに金属をつけるのが今、男性の間ですごく流行っていて。ここに刺してあるネジの頭はプラスですよね。これを『フランスから仕入れたマイナスネジに替えられます』って発信すると響きやすい。多くの人に興味をもってもらえるんですよ」
フランス製のギターの弦がうちにはあります、みたいな感じですね、と付け加えた。確かに、細部にこだわりたい人にはたまらない情報だろう。ほかに村上さんこだわりの靴修理道具や自宅でのメンテナンス方法も伝授するほか、noteでは村上さんが靴職人になるまでの道のりや修理した一足のその後を連載。YouTubeとあわせて技術の裏側にある哲学を発信し、幅広い層のファンを獲得している。
高度な技術と、採算を超えた打ち合わせと、こだわりの道具で「靴の向こうにいる人の想い」をくみ取る修理。そこに発信が加わることで、ハドソン靴店は「街の修理店」から、他店から断られた靴を救う「最後の砦」という確固たる地位を築けたのだ。


