あえて「修理をしない」選択肢がある
ヒアリングだけでなく説明も徹底。その重要性は、近年さらに高まっている。
「僕が店を継いでから15年ほど経ちますが、その間にお客さまの価値観は大きく変わってます。最近のお客さまはYouTubeなどで調べてから来店するので、以前より靴に対する知識量が圧倒的に増えてますね」
靴の製法や素材まで知っている人も多く、どう直すのか、どう仕上がるのかといった説明だけでは足りない。なぜその部材なのか、なぜその工程が必要なのかも含めて伝え、さらに客が求めていることに対して「こういう技術とサービスで応えられます」と提示する。
「初めて顔を合わせてすぐ、靴に対する想いが語られることはほとんどありません。そのため最初の5分ほどは、会話を交わしながら自分自身を売り込み、少しずつお客さまに信頼してもらうことを大切にしています。単なる接客ではなく、僕は“プレゼン”だと思ってるんですよ」
注目すべきは、必ずしもすべての依頼に対応しているわけではないという点だ。ごくまれにではあるが「修理しない」選択肢も提案する。過去には、仕上がりが客のイメージに100%合致するか確信がもてず、修理内容とリスクを正直に説明して話し合った結果、修理をしない結論に至った例があるという。客の反応はどうだったのかと気になったが、むしろ「納得できた。相談してよかった」と感謝されたそうだ。
客の想いに寄り添い、求めていることを正確にくみ取る。そのうえで、技術とサービスで想いに応える。その姿勢の積み重ねが信頼につながり、深い納得感につながっているのだ。
旧日本軍のブーツに30万円を支払う客も
ハドソン靴店では定額料金を設けていない。靴の状態や客が望む理想像によって費用が異なるだけでなく、修理の内容によっては当時のインクや部材の厚み、大きさを再現し、釘1本から特注でつくることもある。数カ月単位のプロジェクトとなるため、費用も高くならざるを得ない。「もっと安くしてほしいと言う人もいそうですね」と聞くと、村上さんはこう答えた。
「車の修理と同じです。修理といっても、毎回フレームだけの状態にしてエンジンから積み替えるわけではないですよね。エンジンはまだ大丈夫だから今回は足回りだけやりましょうか、となることが多い。靴の場合もまず修理の方法を提案して、それぞれのメリットとデメリットを説明し、どこまで修理するかはお客さまに決めてもらいます」
インタビュー中、村上さんが象徴的なエピソードを話してくれた。店内にあった旧日本軍のブーツだ。持ち主は親戚から譲り受けたその靴を「バイク用として履けるようにしてほしい」と依頼した。これは単なるパーツ交換といった修理では不可能な域。靴の構造を変え、もう一度靴をつくり直す「リビルド(レストア)」が必要なため、費用は30万円ほどになる。よく聞けばこれが2足目の依頼で、前回の別の靴もほぼ同額。合わせて60万円近くを修理にかけていることになるという。


