職人の世界に逆行する「チーム経営」
2024年、ハドソン靴店は法人化に踏み切った。最大の理由は、仕入れ環境の急変だ。紙やすりやバックルといった部材ひとつとっても、「500足から」「1000足から」でなければ卸さないメーカーが増え、小口の個人店は苦境に立たされはじめている。
「大手の靴修理チェーンは、大手企業のグループ会社であることが多い。彼らはコンテナ単位で海外から仕入れます。僕たちが今のように特殊な部材ではなく一般的な部材しか使えなくなったら、個人店は太刀打ちできません」
この流れはコロナ禍以降、急激に加速しているという。特殊な部材が手に入らなくなれば、「他店にできない修理」という強みが成り立たなくなる。仕入れのロットに対応できる規模に育てるためには、法人化は避けて通れない選択だった。
その決断を支えていたのは、仕入れの問題だけではない。村上さんのなかで、もっと根本的な転換が起きていた。
「村上塁という“個”で戦うことをやめて、ハドソン靴店という“チーム”で戦うことにシフトしたんです。この考えに基づいて経営を変えたことで、お客さまが増えていきました」
現在、チームは約10人にのぼる。うち村上さん以外の従業員は4人。黙々と靴に向き合う職人の岡田さん、60足以上の革靴を愛し店の哲学を言葉にする広報の横澤さんらが店を支え、YouTube制作、SNS運営、経理、税理士、社労士といった外部の専門家が脇を固めている。工房では村上さんと2〜3人の職人が修理に取り組み、別に借りた事務所や倉庫を拠点に他のメンバーが活動するという体制だ。
師匠の教え「常に頭を使って、生き残って稼げ」
きっかけは、師匠や知り合いの職人を病気や事故で失う経験が重なったことだった。どれほどの技巧をもっていても、その人間がいなくなれば技術は途絶える。「技術の継承」という言葉はよく使われるが、身体も感覚も異なる人間がまったく同じものを生み出すことはできない。その現実を、何度も目の当たりにしてきた。
もともと村上さんは、個の技術を極めることこそ職人の道だと考えていたそう。しかし師匠の佐藤さんや関さんから繰り返し言われていたのは、技術そのものではなく仕事に対するスタンスだった。
「技術をコピーすることは難しい。生まれた時代も違えば、求められる仕事の質も違う。その時代に求められる強い職人を目指せ。常に頭を使って、生き残って稼げ」
師匠の教えに立ち返り、導き出した新たな答えのひとつが、チームで戦うという選択だった。自分のビジョンを言葉や図表で可視化し、各ポジションの人間がそれぞれの力を発揮する体制をつくる。提供する技術は大きく変わっていなくても、考え方ひとつを変えたことでサービス全体の質が上がり、客は全国、そして世界へと広がっていった。

