「修理と製造における技術はまったくの別物」だそうだが、村上さんは手縫いの靴を一からつくる技術の持ち主だ。一般的な修理店のように部材を貼り替えるだけでなく、靴を一度解体してパーツからつくり直すことができる。だからこそ、底が真っ二つに割れたブーツや、木型から修正するサイズ変更といった、他店では対応できない修理が可能だった。
「ここにビジネスのチャンスがあるかもしれない」
村上さんは靴の製造をやめ、自分のもつ技術を修理に注ぎこむことを決意。2013年頃、「他店で断られた靴の修理を引き受けます」と明確に打ち出した。
このとき背中を押したのは、師匠たちが説いた「柔軟になれ」という言葉だ。この思い切った決断が、ハドソン靴店独自の道を切り拓くことになる。
仕事は増えた、だが安定しなかった
旗を掲げたことで口コミは少しずつ広がり、やがて全国から依頼が届くようになった。しかし次の壁が待っていた。
修理は基本的に受け身の仕事だ。来店がなければ売上は立たない。繁忙期と閑散期の差も大きく、現在は平均月商700万円を維持しているが、かつては50万円台を切るまで落ち込む月もあった。
「本当に悪いときは生きた心地がしないぐらい下がってしまったんですよ。山と谷の差をいかに小さくできるかが、ずっと課題でした」
2021年にはテレビのドキュメンタリー番組に取り上げられ、反響は海外にも届いた。ここから一気に波に乗ったかと思われたが、村上さんは首を横に振る。
「確かにテレビに出ると、一時的にお客さまは増えます。でも話題目当てのお客さまが殺到すると、修理の待ち時間が増えて常連のお客さまが離れる。ブームが去ったあとは、売上がガクンと下がってしまうんです。波に乗ったと思ったことは一度もありません」
経営を安定させるために村上さんが取り組んだのは、目の前のひとりにとことん向き合う「アナログな手法」と、情報発信による「現代的な戦略」の両立だった。
打ち合わせは2〜3時間に及ぶ
ハドソン靴店では、修理を単なる作業ではなく「想い出の修復」と捉えている。靴は履いた日々の数だけ、持ち主の記憶や想いを刻み込んでいるからだ。
その考えを体現するのが、異例ともいえる長時間の打ち合わせである。初めて来店した客とは、2〜3時間かけて話し込むことも珍しくない。
「お客さまが求めていることを正確に知りたいんです。靴の状態だけじゃなくて、どういう場面で履くのか、どんな思い入れがあるのか。そこまで聞かないと、最適な修理は決められない。たとえば、お客さまはエレガントさや履き心地を求めているのに、店側が耐久性を優先して直してしまう。そうした食い違いを避けるためにも、最初のすり合わせに時間をかけてます」
伝票を見せてもらうと、聞き取った情報がびっしりと書き込まれていた。なかには「おまかせ」と記されたものもある。このひと言があれば、ある程度は職人の判断に委ねてくれている客だとわかる。逆にそれがなければ、強いこだわりを持っているということだ。「寸分違わぬ精度で仕上げないと、この方は納得しない」。だからこそ数カ月後の作業に備えて要望を細かく記録しているのだ。


