「医者になって、ようやく人の役に立てた気がした」
患者の切れ目に水野さんが話してくれた言葉に、信頼の核心が隠されていた。
「たとえ熱が37度でも、患者が『熱が出てしんどい』ってきたら、『それは大変でしたね』って一回認めて安心させてあげるようにしてます。マッサージに行った時に『凝ってますね』って言われると嬉しいじゃないですか。それと一緒ですよね」
患者の主張を認めた上で、医療がその人の暮らしの中でできることを探る。この「暮らしの最善を考える」という姿勢は、父から学んだ。
少年院の経歴が原因で婚約が破談になったこともあったけれど、その後薬剤師の妻と結婚し、2人の子どもにも恵まれた。今は子どもたちの塾の送り迎えを水野さんがこなす。かつての自分と同じようにお茶漬けばかり食べている長男を心配して「俺と同じようになるんちゃうか」と笑った。
父は大勢の人に惜しまれながら、2020年に癌で亡くなった。どんなときも「あんたのおかげでいろんなところに行ける」と言っていた母は今、認知症の症状が出始め、「私が徘徊したら、今度はあんたが迎えに来る番やで」と水野さんを笑わせる。
午前の診察時間を終えると、水野さんはスタッフが作ってくれたおにぎりと味噌汁をかきこみ、休む間もなく診療車に乗り込んだ。
「医者になって、ようやく人の役に立てた気がした。せっかく医者になったんやから、絶対に断りたくないんですよ」


