捨てられなかった父との思い出
「本当に自分が思っていることってなんや」と自問するうちに、父とのある思い出がよみがえった。
保育園の運動会の日、かけっこで最下位になって泣いてしまった水野さんを父が肩車をしてくれたシーンだ。小さな両手で父の額につかまりながら、幼い水野さんは「僕、お父さんみたいな医者になる」と言った。
「いや、医者って……それは一番ないやろ」と自分にツッコミをいれながら、よみがえったその思い出も、心の中から捨て去った。
「介護でもない、医者でもない。じゃあ俺はこの先なにして生きていくんやろな」
自問自答しながらも、父との肩車の記憶だけは、何度捨て去っても翌日になると再びよみがえった。それどころか、日に日にその記憶は鮮明になる。最後には秋晴れの空の色や、つかまっていた父の額の皮脂の感覚まで思い出した。
「今捨てられへんかったら、もう一生持っておこう」
気丈だった母を背負い、思わずにじんだ涙
内観を終えたあと、少年院の運動会で家族を背負って走る競技があった。どんなときも陽気で気丈だった母を背負うと、とんでもなく軽い。
内観を経て、必死でシンナーの袋を取り上げようとする母を足蹴にしたことを思い出していた。それでも「あんたのおかげでいろんなところに行けるわ」とどんなところへも駆けつけてくれた母。思わずにじんだ涙を悟られないように前だけを向いてゴールを切った。
「少年院に入っていなかったら、また同じことを繰り返して、間違いなく(覚醒剤で)死んでたと思います。今振り返ると捕まって本当によかった」
1997年11月7日、少年院での生活は、1年と1日で終了する。
結局、最後まで「父のような医者になる」という思いは消し去ることができず、出院するとすぐ、「医者になるために勉強させてください」と父に土下座をした。
「高校で勉強するはずだった3年間だけ、面倒を見る。3年で無理ならあきらめろ」
父は否定することなく、静かにそう言った。


