「悪友の連絡先」を捨て、受験

とはいえ、なにをどうしたら医学部にたどり着くのか見当もつかない。ひとまずそれまで使っていた携帯電話を捨て、住む場所も変えた。いつもつるんでいた地元の悪友と連絡を絶たなければ、弱い自分はまた同じことを繰り返すと思ったのだ。

予備校に通いながら手探りで勉強を始めるが、アルファベットもまともに書けず、最初に受けた数学のテストは0点だった。3年間のうちになんとか合格したいと必死で勉強したものの、1年目と2年目の受験は全滅。

親戚はみな「絶対に受かるわけがない」とバカにしたが、出院後に保護司になってくれた田中輝彦さんだけは違った。3年目の浪人が決まって落ち込んでいると、田中さんは「石の上にも3年だ。早く医者になって、俺の死亡診断書を書いてくれよ」と励ました。

河内長野市の風景
筆者撮影
河内長野市の風景

父に与えられた最後の年になって、自分に合った勉強法を編み出した。話が食い違うと途端に集中できなくなる自分の特性を逆手にとって、1人の先生に絞って授業を受けることにしたのだ。

ターゲットの先生を決めたら、その先生の授業を集中して聞きながら一言一句メモをとる。授業が終わると、すぐさま授業と同じ時間をかけて復習し、帰宅後に再度確認の復習。さらに寝る前、翌朝と、それを繰り返す。これを1週間繰り返してその教科を攻略したら、次に移る。名付けて「ストーカー学習法」だ。

この方法で1教科ずつ攻略し、着実に受験という山を登った――。

患者に慕われる医師に

3回目の受験を終えてから25年後の2026年3月某日。大阪、河内長野の小さなクリニックの診察室に、水野さんの姿があった。

70代の女性患者が「朝起きたらめまいがしたんです」と不安そうに訴える。もともと別のクリニックにかかっていたが、「相談しやすそう」と水野さんの元を訪れたという。水野さんは問診で判明した血圧の薬について、「それやー! それ見せてー!」と明るい口調でこたえ、患者の血圧を確認する。

「血圧そんなに高くないから、心配やったら半分にして様子みてもいいし、この血圧やったら中止してもいいと思うけど、こっちで調整してもええ?」

女性はホッとした様子で「お願いします」と答えた。

水野さんは、父が運営してきた診療所を2018年に引き継ぎ、今は「水野クリニック」の院長として日々患者を診療する。テンポよく患者とやりとりしながらも、重要な情報を聞き出していく様子は、熟練記者のようだ。

水野クリニックの診察室で患者と話をする水野さん
筆者撮影
水野クリニックの診察室で患者と話をする水野さん

患者たちは、「どんなことでも相談しやすい」「よそへ行こうとは思わない」「来たら元気をもらえるし、信頼している」と口々に話す。

看護師として37年のキャリアがあるというスタッフの一人は、「今まで一緒に働いてきた医者の中で、水野先生が一番です」と笑顔を見せながら訪問診療の準備を手際よく進めていた。

水野さんの過去についても話を聞いてみたが、誰一人として不安を口にする人はいなかった。それどころか、「いろいろな経験をしてはるからこそ人の気持ちを分かってくれるし、むしろプラスです」という声もあった。