防御に気合いを入れた部分も
いくつかの曲輪を経て、城の西端にたどり着くと、なかなかの落差の切岸(人工的に削って角度をつけた崖)。その直下には二重堀切も切られている。この部分だけは相当、気合の入った山城という印象を受ける。
非戦闘員の女も磔、子供は串刺し
上月城の主郭には三つの墓石が立っている。尼子勝久や山中鹿之介のものかと思いきや、そうではない。
中央の一回り大きな石には、「赤松蔵人大輔正範君之碑」の文字。この赤松正範こそが、「第一次上月城の合戦」での上月城の守将。秀吉と争った人物だ。秀吉の戦後処理での判断ミスとは、この正範にまつわるものだった。




