「トランプ専用機」に乗れたのは2人だけ
「フィジカルAIの転換が始まっている」――この実感を裏付ける決定的な出来事が、2026年に2つあった。
1つは、2026年5月13日の北京である。ドナルド・トランプ大統領の中国訪問には17人の米国CEOが招かれた。しかし、特に異例だったのは、トランプ専用機エアフォースワンに同乗できたのは、わずか2人だけだったということだ。テスラCEOイーロン・マスク、そしてエヌビディアCEOジェンスン・フアン――米中テクノロジー覇権を象徴する2社、合計時価総額7兆ドル超のCEOだけが、大統領の傍らに座ったのである。
アップルのティム・クック、Boeingのケリー・オートバーグ、BlackRockのラリー・フィンク、Goldman Sachsのデビッド・ソロモン――他の15人のCEOは民間機や企業ジェットで個別に北京入りした。
さらに特筆すべきは、ジェンスン・フアンの参加経緯である。当初の同行リストに彼の名はなく、フアン自身も「大統領が発表することは大統領が発表すべきだ」と慎重な姿勢を示していた。ところが彼は土壇場でトランプから直接電話を受け、アラスカ州アンカレッジの給油停止中にエアフォースワンに乗り込んだ。ホワイトハウスがこの事実を公式に確認している。「逆ドタキャン」とも言える、48時間で覆ったこの土壇場の同行は、対中AI戦略を巡る米国内の「対中強硬派」と「実利追求派」の激しい対立の存在をも示唆している。
なぜ、この2人だけが大統領機に乗らなければならなかったのか。
米中の差が「実質ゼロ」になった
答えは、その1カ月前にスタンフォード大学が公表した一つの宣言にある。2026年4月、スタンフォード大学Human-Centered AI研究所(HAI)の最新AI Index 2026は、もっとも衝撃的な事実を告げた。「米中のAIモデル性能格差は、実質的に消滅した」――2023年5月時点の17.5~31.6ポイントから、2026年3月時点でわずか2.7パーセントにまで縮小したのである。米国のAI投資2858億ドルは中国の124億ドルの23倍。にもかかわらず、性能差は実質ゼロになった。
そして、中国はAI特許の69.7%を握り、産業ロボット導入では米国の9倍の速度で進んでいる。中国の年間導入台数は29.5万台、米国は3.42万台。この9倍という導入速度の差が、現実世界での動作データの蓄積量という、フィジカルAI時代に最も価値あるアセットの差を生み出している。
中国EV最大手BYDの王伝福CEOは、こう喝破した。「フィジカルAIとは、知能より先に身体を制御した者が勝つゲームである」と。中国は、ドローンやEVの量産によってモーター、アクチュエータ、バッテリーの身体制御技術を徹底的に磨き上げ、その上に自律知能を搭載するアプローチを採っている。米国の「知能優先」モデルと、中国の「身体優先」モデル――両者の戦略の根本的差異が、いま鮮明になりつつある。
生成AIで米国がもはや一方的に勝つことはできない――この現実を、世界で最も先に理解したのは、米国経営者たちだった。だからこそ、半導体覇権を握るフアンと、量産・自動運転で中国に深く食い込むマスクが、大統領機に同乗する必要があった。
そして、彼らが向かう次の戦場は、生成AIではない。フィジカルAIである。

