NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では柴田勝家と秀吉の対立が描かれる。歴史評論家の香原斗志さんは「2人の戦い方を見れば、まさに水と油の関係だったことがよくわかる」という――。
史料に残る秀吉と勝家の決裂の様子
天正5年(1577)8月8日、柴田勝家(山口馬木也)を総大将とする軍勢が、加賀(石川県南部)や能登(同北部)へ遣わされた。その目的は、越後(新潟県)の上杉謙信の南下を食い止めることだった。当初は織田信長(小栗旬)がみずから出陣する予定だったが、総大将は勝家にゆだねられた。
すでに勝家は越前(福井県北東部)を領土とし、北庄城(福井市)を本拠にしていた。北陸方面の軍事作戦で信長が出陣しないとなれば、勝家が総大将を務めるのは、至極当然だった。
もちろん、そこに羽柴秀吉(池松壮亮)も従軍していた。ところが、なんと秀吉は勝手に帰陣してしまったのである。太田牛一の『信長公記』にはこう書かれている。〈羽柴秀吉は柴田勝家と意見が合わず、許可も得ずに陣を解いて、引き揚げてしまった。信長は、けしからぬことと激怒した。秀吉は進退に窮した〉(中川太古訳、以下同)。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第19回「過去からの刺客」(5月17日放送)では、武家の誇りを重んじる勝家と、合理的な作戦を提案する秀吉のあいだに溝が生じ、秀吉が「勝手に帰陣」という賭けに出る模様が描かれる。

