「豊臣兄弟!」ではトータス松本演じる荒木村重の謀反が描かれる。歴史評論家の香原斗志さんは「信長の怒りはすさまじかった。荒木村重の妻子、家臣らへの処刑方法は、史料を見るに地獄としか形容できないものだった」という――。
「太平記英勇伝三十八:荒木摂津守村重」(落合芳幾作)東京都立図書館
「太平記英勇伝三十八:荒木摂津守村重」(落合芳幾作)東京都立図書館(写真=PD-Japan/Wikimedia Commons

なぜ荒木村重は謀反を起こしたのか

織田信長(小栗旬)の命で播磨(兵庫県南西部)の攻略を進めてきたのは、摂津(大阪府北西部、兵庫県南東部)一国をまかされていた荒木村重(トータス松本)だった。ところが成り上がりの羽柴秀吉(池松壮亮)がその任に抜擢され、村重は外されたので、本人以上に家臣たちが納得していない――。

そんな模様が描かれたのは、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の第21回「風雲! 竹田城」(5月31日放送)だった。

そこでは元の主君、池田長正の娘である美しい妻「だし」(山谷花純)と、ひげ面の村重の、文字どおり「美女と野獣」の夫婦が仲睦まじくすごす様子も描かれた。ところが、第22回「播磨大誤算」(6月7日放送)の最後で、この村重が謀反を起こしたという急報が届く。

信長のもとにその報がもたらされたのは天正6年(1578)10月21日で、謀反がきわめて残酷な結末に至るまでには、それから1年以上を要している。その残酷さは、大河ドラマでは到底描けない水準で、文字にするのもためらわれるほどだが追って記す。その前に、なぜ村重が謀反を起こしたのかについて考えておきたい。

織田と毛利を天秤に

信長公記』には、村重の謀反について次のように書かれている。

〈十月二十一日、荒木村重が謀反を企てているとの注進が、方々から届いた。信長はただちには信じがたく、「何の不足があってのことか。言い分があるのなら、申し出るがよい」と、松井友閑・明智光秀・万見重元を派遣して伝えさせた。

返事は「野心は少しもございません」とのことだったので、信長は喜び、「母親を人質としてこちらへ預け、差し支えなければ出仕せよ」と伝えた。しかし、実のところ荒木は謀反を企てていたので、出仕しなかった。

もともと荒木村重は他家の家臣であったが、先年、将軍足利義昭が信長に敵対した時、信長の味方となって働いたので、摂津の国の支配を許したのである。しかるに、身の程もわきまえず、信長の厚遇をよいことに傲り高ぶり、ついに謀反を企むに至ったのである〉(中川太古訳、以下同)

なぜ「傲り高ぶ」ったのか。村重は同年10月17日、本願寺法主の顕如と盟約を結んでいる。顕如が村重と嫡男の新五郎に宛てた起請文には、村重が本願寺方に忠誠を誓ったことを評価し、摂津の支配をはじめ知行に関しては、毛利氏の庇護下にいる足利義昭に従うように書かれている(「京都大学所蔵文書」)。

つまり村重は本願寺と組む毛利、その背後にいる足利義昭方につく道を選んだということで、以前から織田と毛利を天秤にかけていたものと推察される。