欧米メディアと学界に潜む「真犯人」

日本のイメージを不当に貶めている最大の「真犯人」は、欧米のメディア空間と学術エコシステムに深く根付いたイデオロギー的な偏向である。日本を取材する国際特派員や、日本研究を専門とする学者の多くは、中道左派的なパラダイムに浸った欧米の大学の教育から輩出されている。

これらの環境において、アジア研究は頻繁にクリティカル・セオリー(批判理論)やポストコロニアリズムのレンズを通して濾過される。そこでは、現実的な国際関係論やハードな安全保障研究(軍事バランスや抑止力の分析など)よりも、権力力学、ジェンダーの不平等、マイノリティへの抑圧といった進歩的なテーマに対する批判が優先される。彼らは「親日派」であり、日本の伝統文化やポップカルチャー、洗練された都市生活を深く愛しているものの、その愛情は「平和で無害な日本」に向けられたものであり、国家として牙を持つ日本に対するものではない。

その結果、これらの卒業生がジャーナリズムの業界に入り、東京特派員として赴任すると、彼らは報道に影響を与える強力な制度的偏向を持ち込むことになる。彼らは社会階層を解体し、権力を批判する訓練は受けているが、インド太平洋の冷酷な安全保障の現実を分析する能力には欠けていることが多い。この学術的なパイプラインは、軍事力の強化が本質的かつ原則的な懐疑論をもって見られるフレームワークを作り出す。

日本がますます敵対的になる近隣諸国から自国を防衛するために必要な措置を講じるとき、これらの学術的環境によって条件付けられたジャーナリストは、客観的な地政学的必要性からではなく、国内の「右翼ナショナリズムの台頭」というレンズを通してそのような政策を直感的に枠付けてしまうのだ。彼らにとって、日本の防衛費増額は「抑止力の構築」ではなく、「平和主義からの危険な逸脱」として映るのである。

【図表2】主要国の国防費の推移
出典=防衛省「令和6年版防衛白書

国内メディアと海外特派員の共鳴

さらに深刻なのは、この欧米特派員の偏向が、日本国内の特定の言論空間と結びつくことで生み出される「情報のロンダリング」構造である。これが、友好国において日本批判の論陣が張られる典型的なメカニズムである。

東京に駐在する外国人記者の多くは、言語の壁や取材網の限界から、日本の国内メディア(特に政府に批判的なリベラル系紙)や、英語で発信力のある特定の進歩的知識人、NGOに情報源を依存する傾向がある。日本の国内メディアが政権批判の文脈で「軍拡の懸念」「右傾化の足音」といった記事を書くと、海外特派員はそれを「日本国内での客観的な懸念の声」として拾い上げ、英語圏の文脈に合わせて翻訳・増幅し、ニューヨーク・タイムズやBBC、CBCといった権威あるメディアで報じる。

すると今度は、日本のメディアが「海外メディアも日本の右傾化に警鐘を鳴らしている」と逆輸入して報じるのである。この国内の政権批判と海外のイデオロギー的偏向が互いに引用し合う「共鳴室(エコーチェンバー)」こそが、日本の防衛正常化を「軍事化」というレッテルで固定化する真犯人なのだ。

戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・グリーン博士や慶應義塾大学と地経学研究所の神保謙博士のような学者は、東京の防衛改革を推進する構造的な必要性を強調し、そうしたレッテルに対抗してきた。だが、残念ながら、彼らの現実主義的な分析は、前述の「共鳴室」が作り出すセンセーショナルなジャーナリズムにかき消されることが多い。この偏向は、日本の防衛姿勢の現実と、国際報道の警戒的なトーンとの間に持続的な断絶を生み出している。結果として、中国やロシアが展開する「日本脅威論」という偽情報キャンペーンの核心的な前提を、意図せずして友好国自らが正当化してしまっているのである。