時代の変化に迎合したのではない

象徴的なのがリトル・ブラック・ドレスやツイード・スーツです。前者は喪の色とされていた黒を日常のエレガンスへと転換し、女性が自らのライフスタイルを主体的に演出できるようにしました。後者は社交界だけでなく職場や政治の場にもふさわしい“戦闘服”として、働く女性の新しいユニフォームとなりました。

シャネルは香水No.5やアクセサリーといった要素も統合し、ライフスタイル全体で「自立した女性像」という物語を体現させました。

重要なのは、シャネルが時代の変化に“迎合した”のではなく、むしろその方向性を先取りし、「女性は誇り高く、自立した存在であるべきだ」という価値観を提示した点です。

彼女の服は、女性がただ経済的に社会に出るだけでなく、精神的にも対等な存在として立ち、堂々と自分の生を生きるためのツールでした。つまりシャネルは、社会・文化的コンテキストを読むだけでなく、それを方向づける役割を果たしたのです。

無印良品が巨大ブランドになったワケ

無印良品は1980年、セゾングループの流通企業、西友のプライベートブランドとしてスタートしています。ブランドのコンセプトを考案したのは、当時、セゾングループの総帥だった堤清二氏と、堤のブレーンとして数多くのセゾンのキャンペーンを手がけたデザイナーの田中一光氏でした。

導入当初は、いわゆる「わけあり商品」を安く売るというコンセプトを全面的に打ち出していましたが、2000年前後を境に、徐々にブランドのコンセプトを「品質のよいものをシンプルに提供する」という方向へずらし、今日に至っています。

現在、無印良品は国内で532店舗、海外で604店舗を数えるまでになり、連結売上高は4500億円を超えます。

無印良品の店舗
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです

では無印良品は、どのような社会的コンテキストを捉えたのでしょうか?

それまでのマーケティングでは、商品の内実に大きな変化がないにもかかわらず、ブランドやパッケージやコミュニケーションの操作によって価格を上昇させるという手法が頻繁に用いられていました。

この風潮に対して否定的な疑問を持っていた堤氏は、フランスの哲学者、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』を読んで「消費と記号」の関係について考えをめぐらせ、記号性をむしろ削ぎ落としていくことによって、ブランドを生み出すことができないか、というアイデアに想い至ります。

最終的に、堤氏と田中氏の二人は、無印良品を「アンチブランドとしてのブランド、反体制としてのブランド」として位置づけた、と語っています。