逆転劇の引き金。緑黄色野菜ブーム
しかし、カリフラワーの地位は、突如として兄のブロッコリーによって奪われることになる。その最大の転換点となったのが、1970年代から需要が伸び始め、1980年代に巻き起こった「緑黄色野菜ブーム」だ。
1982年、「日本食品標準成分表」が改訂されたことで、緑黄色野菜であるブロッコリーの持つ豊富な栄養価が科学的に証明され、高栄養価な野菜として、改めて高く評価されるようになった。
この栄養評価の高まりに加えて、アメリカなどから「氷結輸送」(ブロッコリーを砕いた氷と一緒に発泡スチロールなどに詰めて輸送する鮮度保持技術)を用いた輸入ブロッコリーが年間を通じて出回るようになったことで、日本の食卓における地位は一気に確立されていった。現在では、ブロッコリーの2024年の出荷量が14万6400トンに達しているのに対し、近年のカリフラワーの出荷量は1万6000トンにとどまっており、完全に立場が逆転してしまったのだ。
魚市場から生まれた国産ブロッコリーの雄
輸入ブロッコリーが売れている状況を国内の生産者も指をくわえて見ているわけではなかった。
長崎県雲仙市に拠点を置く有限会社國﨑青果は、一年中、安定的にブロッコリーを供給できる仕組みを整えた青果の卸売流通業者だ。代表取締役社長、井上有基さんは、輸入ブロッコリーの専売特許だった「氷結輸送」を国内の生産現場へと最適化させ、日本全国へ展開した。
2006年当時、青果卸をしていた家業に戻った井上さんが直面したのは、九州という温暖な産地ゆえの限界だった。ブロッコリーは3月を過ぎると鮮度保持が難しくなり、市場からはクレームが届く。この「旬の短さ」が、収益拡大を阻んでいた。
突破口は、熊本県八代市への進出時に訪れた。新たに拠点がたまたま「元・魚市場」だったことから、施設内に製氷機が残っていたのである。井上さんは、輸入ブロッコリーの輸送術をヒントに、この製氷機を活用。発泡スチロールに砕いた氷を詰め、ブロッコリーの品温を強制的に下げる「発泡氷詰め」を本格的に導入した。
「当時は国内の一部でしか行われていなかった手法ですが、これが見事に当たりました」と井上さんは振り返る。この技術により、これまで九州では3月で終わっていた出荷期間を6月まで延ばすことに成功。鮮度が維持された高品質なブロッコリーは市場で高く評価され、生産農家へ還元される利益は跳ね上がった。



