※本稿は、田原一郎『終末のジェンガ』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
救急医療の人手不足が常態化しているワケ
救急医療が長きにわたって人手不足の状態にあることは、多くの方がご存じのことと思います。
救急医療は急病、事故などの突然のケガが起こった時に絶対にお世話になる、人間社会において最も大事なシステムの一つです。それにもかかわらず、そこに信じられないほど手薄な状態が長い間続いています。
どうしてそんな状態になっているのか。医療政策の歴史を振り返ると、あるパターンが見えてきます。
1.国が仕組みを決めていて、そこに問題が生じている
2.問題がある状態を把握していても、すぐに改善策を講じない
3.大きな問題に発展して、それが報道されると、あわてて改善に向けて動き出す
4.その結果行われた施策で問題が改善しない、むしろ悪化する
5.その施策を講じた責任者を明らかにせず、改善策が適切であったかどうかの検証もしない
このパターンが救急医療の問題にも当てはまっているのです。
報道を見返してみると、このパターンの1〜3の内容の報道で終わってしまうケースが多く、その後の4と5は全く報道されません。報道されたものも各社ともほんの少しの報道で終わってしまうことが非常に多いと思います。しかし1~5まですべて周知を進ませる意識をもってしっかり報道しないことには問題の解決はできないのではないかと思います。
救えるはずだった命
2006年8月、奈良県で分娩中の32歳の妊婦が脳出血を起こし、担当医が19の病院に転送を要請するも、すべて断られるという事態が発生しました。大阪府の病院が受け入れるまでに長時間を要し、帝王切開で赤ちゃんは無事だったものの、母親は出産後に死亡します。
この「大淀病院事件」を毎日新聞が「たらい回し」として大きく報道すると、一気に社会問題化しました。
裁判では担当医に過失はなかったとして遺族の請求は棄却されましたが、裁判長は異例の付言を行います。そして、そのなかには次のような文言がありました。
「救急医療は崩壊の危機にあると評されている」
「救急や周産期医療の再生を強く期待したい」
それまで個別の医療事故として処理されてきた事象が、初めて「医師不足に起因する救急医療体制の構造的問題」として可視化された瞬間でした。
私が当直をし始めた1999年には、すでに大学病院外科の医局員は週に何日も当直に行かなければ外部の病院の夜間診療を維持することができないような医師不足の状態でした。
現場にいた医師にとっては、毎日新聞のこの報道は「そんなこと今さら」という感覚でした。実際の救急車の扱いに関しては、報道より8年も前にはとっくにたらい回しは起きていました。
しかし、この報道を境に、厚生労働省の方針は180度転換しました。
それまで「医師不足はなく、偏在しているだけである」という見解を守り通していた厚労省が、2006年から医師の絶対数不足を認め、政府は対応を始めました。行われた施策が「医学部定員増員」です。ただ、ここで重要な違いが指摘できます。

