「深夜のワンオペ問題」の背景
小川が掲げていた企業理念は、外食企業としてはあまりにもぶっ飛んでいる。「世界から飢餓と貧困を撲滅する」。これは彼が10代の頃から抱き続けてきた夢であり、東大全共闘時代から続く「世直し」の延長線上にある。
実際、小川は企業の規模拡大を、この途方もない理念を実現するための手段と捉えていた。小川は年間売り上げが4000億円だった時期に「20倍にできる」と豪語したという。狂気じみた野望が見て取れるエピソードだが、「理想と野望」が強すぎるあまり、足元の現実と激しく軋轢を生むこともあった。
象徴的な事例が、2014年に社会問題化した「すき家」の「ワンオペ(深夜の1人勤務)」過重労働問題である。パート・アルバイトの労働需給が引き締まる中、現場の悲鳴をよそに、本腰を入れて改善に取り組まなかった。「強盗が頻発している」と指摘されても、「世界から飢餓をなくす」という崇高な使命の前では、深夜のワンオペ解消は後回しにされてしまったのだ。
結果的に、ネット上での「ブラック企業」批判が猛烈な勢いで拡散し、第三者委員会からも手厳しい批判を受ける。かつて革命を夢見た闘士は、「ネット革命」による批判の広がりによって自らの野望を修正し、現実との折り合いを余儀なくされた。皮肉な幕切れである。
死ぬまで「闘う相手」を求めた
「理想と現場」の軋轢は生涯つきまとった。死去の前年である2025年にも、主力のすき家事業で異物混入問題が続発し、国内事業は苦戦を強いられた。
崇高な理念を掲げて世界に飛び立とうとする創業者の足元で、現場は常に苦しみ続けたのである。ただ、こうした挫折を繰り返し乗り越えるたびに、ゼンショーはより強靭な企業体へと脱皮していったのもまた事実である。
ここで注目したいのは、小川の「奇人変人」ぶりが、単なる性格の奇矯さではなく、全共闘世代特有の「自己否定の論理」の裏返しだった可能性である。
学生時代に「自分の内にあるピラミッド構造」を問い直し、大学を捨てて港湾労働者になった男が、半世紀を経て「CIAが自分を警戒している」と真顔で語る。そこには、常に「体制」や「敵」を外部に設定することで自らの立ち位置を定めた、闘争世代の思考回路が透けて見える。
常軌を逸したベンチプレスへの執着も、ワンオペ問題での頑なさも、途方もない飢餓撲滅の理念も、すべてはこの一本の線で繋がっているのではないか。小川賢太郎という「ガキ大将」は、死ぬまで「闘う相手」を必要とした人だったのだろう。

