「着席と同時に注文品を提供する」方式で成功
青野はタッチパネル式オーダーシステムの拡充、配膳ロボットの試験導入などのDX、キャッシュレス決済を推進、神田はロードサイド店舗の出店強化、新業態(「屋台料理 台南」など)の開発、焼鳥日高のブラッシュアップ(テイクアウトの強化・とんこつラーメンの販売)などを進めた。
青野は1974年(昭和49年)生まれ、愛媛県出身。「らーめん日高 大宮西口店」でアルバイトをしている時、当時、常務取締役だった高橋に見込まれて、1999年(平成11年)にハイデイ日高に入社した。
店長、スーパーバイザー、エリアマネージャーなどを経て、2017年(平成29年)に執行役員営業部長、2019年(平成31年)に取締役執行役員営業管理部長兼情報システム室長などを歴任、2022年(令和4年)5月に代表取締役社長に就任した。
青野は入社から1年経った頃、「経営計画発表会」で当時の常務取締役の高橋(現・相談役)に「『らーめん日高大宮西口店』の店長をやりたいと思っている」と伝えると、3カ月後店長に抜擢された。利益額の大きな旗艦店で行列がよくできた。
私利私欲のない人を後継者に
青野は店長時代に、「顧客が行列している間にオーダーを取り、着席と同時に注文品を提供する」方式を考案した。青野はこの「回転率を上げる注文方式」を別の店でも成功させて、実績を積んだ。
「私は常々、一番に仕事に対して真剣に取り組み、私利私欲のない人を後継者にするといってきました。青野はアルバイトから始めて、各職場で実績を積んできました。
私はイケイケどんどんのところがあって、ちょっとやり過ぎてしまうところがあるのですが、青野は攻めと守りのバランスがよくとれていて、着実に目標を実現していくタイプです。人に好かれるところがあり、適任だと思いました」(神田)
神田は「業績をV字回復させなくては現役を引退できない。外食産業は人が全て、働く人全員が幸せになれるようにすべきです。81歳を迎えましたが精神的には30代で初めて大宮に1号店(日高屋の前身となる「来来軒」)を出した時と同じくらい、やる気に満ちあふれています。人生まだまだこれから。後悔のないように思い切ってやりたいです」と発言、現在も日々、日高屋の発展に取り組んでいる。


