医者が強迫的になってはダメ

しかし、ものは考えようです。たとえば、170の高血圧を6年間放置し、脳卒中を発症する確率は8%で、薬を飲めばそれが5%に下がるという場合。薬を飲んでも飲まなくても9割以上の人は発症しないのだから、飲まないと危険というほどではありません。

用心のために飲んでおくという程度の話でしょう。それなのに医者が患者に「飲まないと大変だ」と伝えることに、私は疑問を感じます。

がんにしても、一般に医者は余命を短めに伝えがちです。余命より長く生きたら医者の評価につながるからです。

余命が「2年」というのは平均のことで、現実には半年で亡くなる方も、4年生きる方もいます。でも、医者から「余命2年」と伝えられたら、多くの人は「自分はあと2年しか生きられない」と思ってしまいます。医者が「余命は平均2年だから4年以上生きる人もいる」と伝えられるかどうかだと思います。

医院でMRIフィルムをチェックする医師と高齢女性患者
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医者には、伝えた余命より早く亡くなったら藪医者だと思われる、という心理が働きがちですが、医者がそのように神経質だと、それが患者に伝わります。

私は森田療法という精神療法を学んだとき、「医者が強迫的になってはダメだ」といわれました。森田療法とは、「かくあるべし思考」にこだわる人を楽にしてあげる療法で、それには医者が「かくあるべし」と思っていてはダメです。

「検査データを正常にする」「○○病に絶対にかからないようにする」ということより、まずは患者が元気になることが大事です。

一定の経験を積んだ医者なら、目の前の患者を元気づけることはできるはずです。医者から「大丈夫や」と言ってもらえることの効果は、私の診療経験からも、とても大きいと感じます。

ニコッとすることの大切さ

医者が冗談の一つでも言って、患者がニコッとすることもとても大事です。だから、いまなお病院で医者も患者もマスクをさせられることに、強い違和感を覚えます。

医者がマスクをせず、患者にやさしい表情を見せることの効果を、いまの医学部の教授たちが知らないなら、それは日本の医学教育の貧困を物語っています。

私は精神科だからとくにそうですが、うつ病気味の人も、少しでもニコッとしてもらえると、いい効果が得られることが多いのです。しかしマスクをしていると、そこに導けません。

患者が笑顔かどうか一番わかるのは、口の表情です。近年、電子カルテばかり見て患者の顔を見ない医師が問題になっています。おたがいに顔を見せ合うという医療の原則が忘れられてはいけません。それなのにマスク、マスクでいいのでしょうか。

もともと医療現場には、風邪やインフルエンザのウイルスが蔓延しています。それなのにコロナ禍以前は、感染症の流行時以外は医者も患者もマスクをしていなかったのです。発症する確率の低い感染症を怖れるあまり、医療にとって重要な、顔を見せ合うコミュニケーションが避けられている現状は、医療現場の正常な姿には見えません。

認知症も、日本の医療では軽度のものと重度のものを一緒くたにします。がんも同様です。すでにお話ししたように、私は解剖を通じて、85歳以上の人は全員にがんがあるのに、がんが原因で亡くなるのは3人に1人だという現実を見ました。