肝心の賃金上昇や景気拡大につながらず

日銀が積極的に国債を購入して市場に大量のマネーをバラ撒けば、日本の物価は上がっていきます。物価が上がるとの予想が成り立つ場合、企業は現金を保有しているよりも、設備投資などに回した方がトクになるので、設備投資が増えるとの仮説が成り立ちます。

通常、物価が上がれば金利も上がっていくのですが、日銀が意図的に金利を低く抑えれば、企業はさらにお金を借りやすくなります。こうした作用が重なり、日本の景気がよくなり、私たちの賃金も上がっていくというシナリオを描いていたわけです。

積み上げられたコインと上昇する矢印
写真=iStock.com/carlosgaw
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しかしながら、筆者を含めて一部の専門家は、物価を意図的に上げても必ずしも企業が設備投資を増やすとは限らず、企業がそうした行動を取らなかった場合、物価だけが上がり生活が苦しくなるというリスクがあると指摘してきました。

しかしながら、当時は「アベノミクスを実施すれば日本経済は確実に復活する」といった論調で溢れかえっており、日銀は政府の方針に歩調を合わせ、国債購入を決めてしまった経緯があります。

残念ながら政府が考えたようには経済は動かず、マネーをバラ撒いた結果として物価が上がり、企業が設備投資を増やさなかったことから、私たちの賃金は伸び悩んだままという状態です。

アベノミクスの理論通り、日銀が国債を購入したことで物価が上がり、為替も円安に振れたのですが、肝心の賃金上昇や景気拡大にはつながらなかったというのが現実でしょう。

アベノミクスはなぜうまくいかなかったのか

アベノミクスがうまくいったかどうかについては様々な議論が行われていましたが、2024年末に日銀がこれまでの金融政策を検証するレポートを出しており、この中において、物価は上昇したものの十分な効果は得られなかったとの結論を出しています。少なくとも日銀としては、大規模緩和策に十分な効果がなかったことを認める形になっています。

私は今、アベノミクスには経済をよくする効果がなかったと述べましたし、日銀もそうであったことを認めているのですが、アベノミクスと呼ばれる手法そのものが間違っていたわけではありません。

なぜなら米国など諸外国では、ほぼ似たような経済政策を実施し、それなりに効果を発揮したことで、賃金も上がっていたからです。つまり同じ政策を実施していながら、欧米はそれなりに効果を発揮し、日本だけがうまくいかなかったということになります。

この点についても、実は以前から何度も指摘されていたのですが、同じ大規模緩和策を実施した場合でも、国内経済の構造によっては、それがうまく作用しないケースが十分、考えられます。

日本はこれに該当する可能性が高いという指摘があり、実際、そうだったわけですが、アベノミクスをスタートする時点で、こうした意見が顧みられることはほとんどありませんでした。

つまり「経済理論としては正しかったものの、適用する状況を間違えたことから、日本ではうまく作用しなかったというのが正しい理解と考えてよいでしょう。