「孫に会えなくなったら死ぬ」
母親は皐月紅葉さん(仮名・50代)の2人の子どもを溺愛した。孫かわいさのあまり、お菓子やおもちゃを「好きなだけ買ってやる。1個じゃ足りんやろ」と甘やかした。
「子どもの頃、私には何ひとつ贅沢をさせないばかりか、必要なものさえ買い与えてくれなかったのに、孫への溺愛ぶりを見るにつけ、幼少期のつらい思い出がフラッシュバックして、私は精神的にまいってしまい、うつ病を発症しました」
「これではいけない」と思った皐月さんは、母親に「もう来ないで」と告げる。すると毎日のように電話がかかってきたが、無視し続けた。
ある日、突然家までやってきた母親は、
「なんで息子くんに会わせんのね? お母さん、息子くんに会えんくなったら死ぬ。包丁で刺して死ぬけんね!」と脅迫してきた。
「独身時代の私は、母の日や誕生日などに贈り物をしていました。でも、母はそれを使うことはなく、押し入れに放り込んだまま。平気で失くすことも。『これいらんけんあんた持って帰り』と言われることもありました。私にはお金を全然使おうとしなかったくせに、孫には異常なほど密着してきて、お金を使う。自分勝手が過ぎると思いました。それに、成人後に知りましたが、母子家庭の苦労を心配した叔父(母の弟)が陰ながら援助をしてくれていたそうですが、母は貴金属や着物など、自分のためだけに散財していたのです。そんなことが積み重なり、私は母のことが嫌いでした」
ちょうどそのころ、夫が単身赴任になった。母親から受ける精神的ストレスと育児の疲れもあってうつ病を発症した皐月さんは、息子を保育園に預けて母親と距離を置くことにした。
思い込みが激しい母親
2017年、80歳の母親は、「膝が痛い」と言って自分で病院を受診し、人工膝関節置換術を受けた。そして病院から介護申請をしてケアマネさんをつけてもらい、要支援1と認定された。
50歳の皐月さんは当時、よっぽどの用がなければ母親と会うことがなかったが、母親が人工膝関節置換術を受けるために入院した時は、手術の付添いや入院に必要なものを届けるなど、関わる頻度が増えていくことに漫然とした不安を覚えていた。
人工膝関節置換術を受けた母親は、手術は成功したにもかかわらず、リハビリをしようとしなかった。強い鎮痛剤を飲んでも湿布を貼っても、「まだ痛い」と言って歩こうとしない。
「母は、びっくりするほど思い込みの激しい人なので、『手術さえすれば、階段も坂道も若い頃のように歩ける』と思い込んでいたに違いありません」
ろくにリハビリをしなかった結果、母親は退院しても、家の中ではつかまり歩き、外では人の肩を借りたり車椅子を使ったりするようになってしまった。
「歩けないでいると、周囲が親切にしてくれるから、ずっと歩けないふりをしているのかもしれません……。毎月通院している主治医からも、『お母さんは少し精神的に問題があるかもしれません。病院よりデイサービスのリハビリのほうが合ってると思います』とやんわりと通院拒否されました。鎮痛薬をたくさん服用しているのに『痛い痛い』と言うため、『痛みは精神的な問題が大きい』と判断されたのだと思います」

