寝ている妹に唾を垂らし、裁ちばさみを落とす兄
九州地方在住の皐月紅葉さん(仮名・50代)は、小学校の高学年の頃、夜に自分の部屋で寝ていると、ふと顔に冷たいものがかかった感覚で目が覚めた。
手で拭うと、べっとりと嫌な感触があった。外の街灯のせいでわずかに明るい暗闇の中、目を凝らすと、3歳年上の兄が自分を見下ろして仁王立ちになり、ニヤニヤと笑っている。
「兄は、限界まで口にツバをためて、それを私の顔めがけて吐き出していました。私がびっくりして兄の顔を凝視していると、今度は家庭科の授業で使っていた裁ちばさみを持ち出し、私の足目がけて何度も何度も落としてきました。今思えば、私を怖がらせて面白がっていただけなのかもしれませんが、その時の私は恐怖でしかありませんでした」
なぜ兄は妹にそんな常軌を逸した行動をしたのか。その答えは生い立ちにあった。
両親は自分が2歳の時に離婚
皐月さんは、海上保安官から転職して地元テレビ局に勤めていた父親と、工場に勤めていた母親の間に生まれた。
両親は子どもの頃からよく知る同級生で、父親から「長年片思いされていた」と母親は語っていたそうだが、真相はわからない。
お互いが25歳の時に結婚した両親だったが、7年後に離婚。兄5歳、皐月さん2歳の時だった。
「原因は、父に好きな人ができたからのようですが、母が誰彼構わずお金を貸してしまうことで父が頭を悩ませていたことも一因のようです。当初、私と兄は再婚相手(継母)と父と暮らしていましたが、兄が継母になじまず、私を連れて家出をし、母のところへ行ってしまったので、家裁の判断で、子ども2人の親権が母に移りました」
市営住宅で暮らす母親に引き取られてからは、父親からは毎月現金書留で、養育費として1人3000円で計6000円が送られてきた。母方の祖父母はすでに他界しており、母親は実家を頼れなかった。母親は生活保護を申請し、受給生活に入った。
出来の悪い兄と出来のよい妹
小学校に上がった皐月さんの兄は、成績が悪かった。
「母は兄に対していつも『あそこは片親だから……と後ろ指さされるような事をしたらダメ!』『片親でも立派に育てたって言わせたい。世間を見返さないと!』と言い聞かせていて、『離婚した事で子どもに不憫な思いをさせていると思われたくない』という意識が非常に強かったです」
母親はお中元やお歳暮などを担任教師の自宅に直接持って行き、
「母子家庭で大変なので、息子に目をかけてあげてください!」
と頭を下げていた。
「教師宅まで同行した私は、教師の困った表情を今でも覚えています。母は『1』や『2』しかなかった自分の成績を棚に上げ、兄にはかなり厳しくしていました」
母親は、皐月さんが小学校に上がる半年前から製造系の会社で働き始め、生活保護を卒業。その会社の高学歴の社員に兄の家庭教師を頼んだが、それでも成績は上がらなかった。
いつも怒鳴られている兄の姿を目の当たりにしてきた皐月さんは、勉強が好きな子に成長。小学校の成績はほぼオール5だった。そんな皐月さんに、兄が意地悪をしたり暴力を振るったりし始めたのは、「目障りだ」という感情からだっただろう。高学年になった兄は、虫のいどころが悪いと、皐月さんをすぐに殴るようになった。冒頭の唾垂らしや裁ちバサミもその頃の異常行動だった。

