「娘よりお金」とにかくマイペースな母親

皐月さんは大学に進学したかったが、「お金がない」と母親に反対され、断念。アルバイトで貯めた約100万円を使い、自分で調べて見つけた東京都内にある1年制の雑誌編集の専門学校に進学した。

「母は、自分の被服費などに関しては浪費していたのに、私には本当にお金をかけたくない人でした。成長が早かった私の服は、母の職場の20代の同僚から貰ったお下がりだったほどです。未成年では、家を借りるための保証人など、どうしても親の助けが必要だったので、何度も交渉して、なんとか1年だけの約束で、月10万円仕送りをしてもらうことができました」

翌年、皐月さんは出版社に就職。その後、何度か転職を重ねたが、夢だった「音楽雑誌の編集の仕事」に就くことができず、30歳で帰郷を決める。

帰郷した皐月さんは、母親の市営住宅に身を寄せ、印刷会社で働き始めた。

「いつか大学に行きたい」と思っていた皐月さんは、地元の公立大学の二部(夜間)を受験。昼間は仕事、夜は学生という生活を始める。

ところが約2年後、母親から追い出される形で一人暮らしをすることに。

「とにかく私のやる事全てが気に入らなかったみたいです。電話を使えば立ち聞きのような事をして、『誰といつまでしゃべっているのか! 電話代がかかる!』と嫌味な事を言われました」

皐月さんが母親の市営住宅に同居すると、皐月さんの収入も申告しなければならならない。追い出された一番の理由は、狭くなったのに家賃が上がったのが気に入らなかったことと、世帯収入が500万円を超えると、退去しないといけなくなるからだった。

「実家にいる間は、生活費(電気代、食事代等)として月4万円ほど母に渡していました。当然大学の学費も全額自分で払い、母は1円も援助をしてくれませんでした」

そして2004年1月。SEをしている3歳年下の男性と出会うと、大学の卒業を待って入籍。

同じ年、37歳の時に息子が生まれると、皐月さんは専業主婦に。2年後には娘に恵まれた。

一人暮らしを始めてから、没交渉だった母親は、初孫が生まれると、皐月さんの家に毎日のように来るようになった。やはり孫はかわいいようだ。

できれば母親と関わることを避けたかった皐月さんだったが、この数年後、いやが応でも母親と深く関わらざるを得ない事象が発生する。

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