物件名の「意外過ぎる由来」
PALのオーナーで店主の井口和彦さんは、とても気さくな人物だった。
どんな質問に対しても、すぐに返事をくれる。そうしたやりとりのなかで井口さんが、「PALの上は賃貸マンションになっていて、ビルの名前が『OSC吉祥寺』っていうんだけど、OSCって何の略だかわかる?」といたずらっぽい表情で訊いてきた。
人気アイドルグループ「AKB48」は秋葉原の「アキバ」からきていると聞いた気がするし、古くはSKDと呼ばれていた「松竹歌劇団」もある。そういう発想でいけば吉祥寺とかPALの関係なのかと思うのだが、頭のなかでうまく結びついてこない。そうしたら、井口さんが笑いながら言った。
「おにぎり・サンドイッチ・駐車場の頭文字をとってOSCなのよ。面白いでしょう。これね、うちでの売れ行き順なの、ほんとうに」
PALを運営しているのは井口さんが社長を務める「有限会社セントラル・ボックス」で、PALの上のマンションもPAL周辺の駐車場も管理している。その売り上げの順番で、トップがPALで扱うおにぎりで、次がサンドイッチ、そして駐車場収入というわけで、それをそのままマンション名にしてしまったというのだ。
それならPALという店名にも面白い由来があるのだろうと訊いてみたら、「姉が『パルでいいんじゃない』って言ったから、『呼びやすいから、いいか』で決めたの。英語で『友だち』って意味があるらしいけど、意味とか理由とか姉に詳しく聞いたこともなかったな」という返事だった。井口さんのおおらかな人柄が伝わってくる。
かつては“駄菓子屋”だった
1階にPALが店舗を構えるOSC吉祥寺が竣工したのは1996年4月のことだった。井口さんの父親が亡くなって、相続の問題等もあって、「ビルにしたら」と勧める人がいたので建てることになった。
井口さんの家はもともと三浦半島のほうから移ってきた武家だったらしく、明治維新もあったりして農業を営むようになる。水が豊かではない土地柄のため、田んぼでの稲作ではなく、畑作で蕎麦を育てていたという。所有している土地は広くて、家の裏は雑木林や竹林だったという。
「筍の季節になると、いっぱい採れるのよ。掘って近所に配ったもんよ。私ね、筍掘りは上手いもんだよ」
太平洋戦争中に父親は、武蔵野市にあった日本軍の飛行機をつくる中島飛行機で働いていて、工場が戦火を逃れて浜松に移るといっしょに移動し、そこで終戦を迎えて戻ってきて、自宅の一画で駄菓子屋を始めた。屋号を「井口屋」といった。
「この先に市営のプールがあってね。いまでもあるけど、温水プールもできてるけど、子どもの利用料は10円よ。私らが子どものときも10円だった。変わってないね。夏になると、プールに行った子たちが帰りにうちに寄ってオヤツとか買ってたね。商売になってたのよ」


