一番健全なマクロ政策

【河野】その背景には、中国の過去の反省があります。リーマンショック後のグローバル金融危機(2008~2009年)において、中国は4兆元規模という大規模な財政出動を行いました。

これは当時のGDPの約13%に相当します。後になってわかったことですが、当時の中国経済は、それまで続いていた二桁成長の高度成長期の終わりを迎えつつありました。つまり、経済の実力である潜在成長率が、ちょうど下方屈折する局面に差しかかっていたのです。

しかし当時の中国政府は、リーマンショックによる一時的な景気後退と、潜在成長率の低下という構造的な変化を、うまく見分けることができなかったわけです。

もはや二桁成長はできないはずなのに、それを無理に維持しようとして、過剰な財政政策を発動したわけです。それがGDP比13%という大規模な景気刺激策でした。

その結果何が起こったかというと、資源配分が大きく歪んで、不動産や株などのバブルを誘発し、大きな不均衡が生じてしまったのです。

胡錦濤から習近平に最高指導者が代わったタイミングでしたが、政権を引き継いだばかりの習近平は、しばらくバブルや過剰設備、過剰債務の処理に追われたわけです。

ひびの入った壁に描かれた中国の国旗。中国の不動産と債務危機。経済危機
写真=iStock.com/Tomas Ragina
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その反省からか、今回のコロナ禍では、経済を噴かすような大規模な財政政策はほとんど行われていませんでした。そもそも資本蓄積が過剰でお金が余り気味だから、大規模な財政政策や金融緩和を行うと、バブルを再燃させるリスクが常にあります。

2020~2021年に先進各国の政策担当者と話をしたとき、「一番健全なマクロ政策をやっているのはどこかといえば、大きな声じゃ言えないけど仮想敵国の中国なんじゃないか」という意見が多かったんです。

バブルのリスクを避けるため、金融緩和もゆっくり

【唐鎌】たしかに中国は過去の教訓を踏まえた慎重な政策運営をしていた印象です。河野さんがおっしゃるように、先進国よりもバブルへの警戒感をしっかり抱いていたのかもしれませんね。先進国は悪い意味で、景気循環に対して過剰な機動性を発揮する傾向にあると思います。

【河野】はい、その通りだと思います。コロナ危機の際、先進国では、政策が小さすぎる失敗を避けることが重要であって、大きすぎる失敗は恐れる必要はない、というのが政治指導者の意向で、日本を含めなんでもありのような政策が繰り返されていました。

だから世界的なインフレが訪れたのですが、日本ではあまりこの話は知られていませんし、その教訓は日銀の金融政策運営などにも活かされていませんでした。

私は2023年に『グローバルインフレーションの深層』(慶應義塾大学出版会)を書いて、欧米の失敗を繰り返さぬよう警告を発したのですが、政策修正が遅れ、残念ながら今も日本は円安インフレで苦しみ、歴代政権の支持率の低迷が続いているわけです。

中国は景気が大きく落ち込んだときには財政政策を発動するけれど、回復が見えてきたら、すぐにストップさせる。いわゆるストップゴー政策を巧みに繰り返しています。バブルのリスクを避けるため、金融緩和もゆっくりです。これは、かなり堅実な政策運営だと思います。

今回のトランプ関税へのマクロ経済政策対応も、同じスタンスだと思われます。もちろん、2027年からの四期目を見据える習近平国家主席が、景気に強く配慮しているのは言うまでもないことですが。