「不便な家」がクリエイターとしての芽を育む
風呂も五右衛門風呂のスタイルで、薪をくべて沸かさないと入れません。建物の外の焚口から火吹き竹をフーフー吹いて火をおこすやり方も古臭くて本当に嫌でしたし、どんなに夢中で友達と遊んでいても、夕方になれば風呂を沸かすために、否応なく家へ帰らなくてはなりません。
すべてが不便で、面倒くさい。
昔の長屋ですから家の中が薄暗いのもイマイチで、友達の明るい家から自分の家へ帰ってくるたび、本当にうんざりしていました。「早く大人になって自分の城を建てたい」と、そんなことばかり口にしていたのです。
ところが、大人になって振り返ったとき、あの「不便」さこそが実はとても豊かだったのかもしれない、と気がつきました。
なぜなら、不便な家に住んでいると、それを克服するためのさまざまな工夫を、いちいち考えながら生活しないといけないから。
家の前の道路に打ち水をすることで、暑くて狭い室内へ涼しい風を通すという先人の知恵を取り入れたり、軒下に雨がかからないようにDIYで屋根を直したり、あるいは、できるだけ早く薪の炎に風を送る方法を編み出したり……。
自分自身の知恵でどうにか工夫せざるを得なかったことが、考える鍛錬になっていた。
「あの不便な暮らしが、クリエイターとしての芽を育ててくれたんだな」
「不便も悪くないな」
そう思うようになりました。
人一倍あきらめが悪く、往生際が悪くなった
もうひとつ大きかったのは、あきらめられない体質になったことです。
「なんで僕の家だけ貧乏でボロいんだろう」
「なんでシャワーがないんだろう」
「なんで僕が薪割りも掃除もしなきゃいけないんだろう」
……とても理不尽に感じていましたが、お金がないのも家が古いのも現実で、どうしようもない。
そんな環境で育ったので、僕は人一倍あきらめが悪く、往生際が悪いのです。
「できないんだから我慢しなさい」と言われても、「でも、何か方法があるんじゃないか、何かやれるんじゃないか」と思わずにいられない。
何もチャレンジしないまま済ませることができない“体質”は、この不便な実家によって育まれたものだと思います。

