3000億円の市場規模で売上高10億円は「負け犬」

10億円だった。そもそも、上場企業が成長を狙う多角化事業の5年後の市場規模としては、話にならない。ミスミの今の売上高約500億円に、5年後に10億円を加えたところで何になるのか。

「市場規模が3000億円で、あなたが狙う売上高は10億円。提案として変だと思いませんか」

執行役員は質問の意味が分からず、その場で立ち往生した。黒岩が助け船を出した。

「5年後に、残りの2990億円は、誰がやるのですか」

発表者は意味を理解した。しかし返事ができなかった。答えを持っていなかった。戦略の基本である「競合の認識」が完全に欠落している《感知項8》。

「あなたの5年後の市場シェアは、0.3%ですよね。泡沫的な存在です。戦略論では『負け犬』と呼ばれます。そんな低い伸びじゃ、損益も赤字のままでしょう」

販売量で圧倒的に差をつけられれば、商品のコスト競争で負ける。価格は市場競争で下がる可能性が高いから、両方のダブルパンチでこちらの赤字が拡大する可能性が高い。そうなれば累積損失が増えて、初期投資さえ取り戻せず、事業は破綻状態になる。それがまさに、いまミスミの新事業で起きている現象ではないのか。

「大切なのは、狙いを絞って、その市場での圧倒的トップを狙うことではないでしょうか」

それは戦略論における「勝ち戦の要諦」だ。難しく言えば、「市場セグメンテーション」と「絞りと集中」の戦略論理が必要になる。つまり、新事業を手がける者には最重要な「市場定義」の問題だ。それでベンチャーの成否が決まってしまうくらいだ。

壇上の執行役員は素直に頷いた。会場からも、納得の空気が流れた。

黒岩は、これは深刻な問題だと思った。執行役員という上位者が、市場規模と自分の売上計画の矛盾に気づいていない。競争を考えずに唯我独尊のチマチマ案を出している。それを取締役会が承認するのか。この会社は、あまりにも戦略思考がお粗末な初心者集団ではないだろうか《感知項9》。

「米国戦略」と「タコ焼き」が同列に語られる

執行役員はそれぞれ配下に、事業内容で異質の、複数の多角化事業を抱えている。だから執行役員が「個人商店」になっているように見えた《感知項10》。

壇上に一人の執行役員が出てきて、機械工業部品の米国事業についてプレゼンを行った。米国事業はまだ売上高10億円にも届いていない。今後の拡大計画も小さい。黒岩はミスミに国際戦略が存在していないことを見抜いた。それは黒岩の社長受諾条件の一つに関係していたから、その場でガッカリした。

しばらくすると、同じ役員がまた出てきた。何を話すのかと思ったら、彼の配下にある別の事業「居酒屋でチンをすれば料理を出せる、食材配達事業」の話だ。彼は、その事業の来年度の目玉戦略として、居酒屋向けにタコ焼きを売り出す計画を話しはじめた。

たこ焼き
写真=iStock.com/marucyan
※写真はイメージです

黒岩は「えっ」と思った。質疑の時間が来たので、手を挙げた。議長席の社長が、黒岩が今度は何を聞くのかと、少し心配そうな目つきでこちらを見ている。

「さっきあなたは『米国戦略』を語り、今度は『タコ焼き』です。同じ審議時間で、事業として同格の扱いですが、あなたの頭の中では『米国』と『タコ焼き』とは、どっちが優先ですか」