機械工業部品のミスミグループを1万人規模の企業に成長させた本社名誉会長の三枝匡さん(黒岩)は、2002年に創業社長から社長就任を打診された際、経営状況を把握すべく社内を歩き回った。するとそこには、「健全」とされていた社外評価とはまるで真逆の惨状が広がっていた――。(第1回/全2回)

※本稿は、三枝匡『決定版 閉塞企業を甦らせる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

富士と新宿の街並み
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企業の多角化戦略に潜む「落とし穴」

黒岩がミスミ社内を歩き回り、経営の実態に触れる活動が始まった。

ミスミの本業は創業のときから一貫して機械工業部品の販売だったが、近年は本業と関係のない多角化新事業に力を入れているようだ。黒岩が社外取締役に選任された6月の株主総会で、社長は新規事業計画を次のように発表した。

・ミスミはチーム制と呼ぶユニークな組織形態で事業を推進している。
・創業の事業である機械工業部品事業と、新しい多角化新事業の両方を合わせて、前年度は12チームがあった。今年度は新規に5チームを発足させ、合計17チームに増やす。
・多角化新事業の分野で、今後さらにチームを増やし、5年後には30~35チームにする。

黒岩はその場で、その経営方針に不自然なものを感じた。社員340人で商社機能しか持たない小さな会社が、一度にそれほどたくさんの新規事業を立ち上げ、並行して育てられるのか。

何はともあれ黒岩は、社内観察の対象を新規事業分野に絞ることにして、歩き始めた。

会社改造の要諦1【異常を感知する能力】

社内を歩くと、社員の何気ない言葉や冗談のかげに、問題の徴候がチラリと見える瞬間がある。有能な経営者は、その一瞬に、本来ならそこにあるはずのものがないか、ないはずのものがあるかを感知する。異常を感じたら中に入って、現物に触れ、嗅ぎ、舐めてみる。問題なければサッと引き上げる。経営者の仕事は朝から晩まで、このタッチ・アンド・ゴーの繰り返しである。異常を感知できるかどうかは、その人が過去に蓄積してきたフレームワークの量による。

居酒屋向け食材、動物薬、自動車部品――多様な事業内容

意外だったのは、ミスミの事業チームというのはわずか数名、多くても10名程度の少人数で動いていることだった。それぞれの事業内容を聞いた。驚きの連続だった。

・世の新聞や雑誌の編集者は、記事に使う人や景色などの写真の入手に手間がかかる。事業チームは著作権対象外の、さまざまな画像を在庫しておき、すぐに送り届ける。
・町の居酒屋は調理場が狭いのでメニューが限られる。事業チームは電子レンジでチンをすればすぐに出せる加工食材を、短納期で届ける。
・町の動物病院で使う動物薬は、人間用の医薬品卸商が扱うが、販売量が少なく、面倒な手間のかかる商品である。事業チームは動物薬専門で動物病院に短納期で届ける。
・日本で外国車を修理すると修理費が高い。事業チームは海外から「非純正品」(自動車メーカー以外が売る非正規部品)を安く調達し、日本の外車修理工場に売る。
・町の商店が出す「看板・サイン」は、注文してから日数がかかり、値段も高い。事業チームは町に店舗を開き、短納期で、手ごろな値段で納める。

聞いて回って、黒岩は本当に驚いた。たちまち一つの判断に達した。

「これはダメだ……。これじゃ、ミスミの多角化戦略は成功しない」

創業社長が10年近くも注力してきた多角化新事業を、黒岩はたった一日で、まさに一刀両断で、否定する結論を出してしまったのである。