「年間赤字額は1億円まで」通達は大悪手

黒岩は複数の役員から深刻な話を耳にした。

「何年か前に、当時の管理担当役員が、多角化事業チームに許される年間赤字額は上限1億円までと、事業チームのすべてにお触れを出したのです。その範囲内でやれと」

三枝匡『決定版 閉塞企業を甦らせる』(KADOKAWA)
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そんな通達を出したら、事業責任を負う役員たちは、初めから戦略の自己規制を始める。大きな勝負を仕掛けるべき時に勝負しなくなる。

黒岩は次のように推察した。ミスミ本社の事業管理体制は弱く、社長も個々の事業に密着していない。年度途中の業績チェック体制も甘いようだ。だから、多角化新事業で誰かが大きな投資や商品の値引きなどを勝手に決めて勝手に実行してしまう恐れがある。そうなっても、経営者も管理部門もしばらく気づかない。多角化新事業のあちこちで火の手が上がる可能性がある。

そこで管理担当役員は、初めから各事業チームに許す赤字上限額を一律に規制した。それが守られる限り、会社全体の損失額は大きくならない。この規制を出した当の役員はもうミスミにはいない。しかし、ルールはそのまま生きているらしい。

リスクを避けさせるようなベンチャーなどやらないほうがマシ

黒岩の目に、それは会社が戦略のアクセルとブレーキを同時にかけ、社員の「企業家精神」にフタをしてしまう愚かな規制に映った《感知項6》。ベンチャー事業は刻々変化していくから、どの事業でどれほどの赤字を許容するかは、まさにトップ判断であり、それが経営者の仕事の醍醐味ではないのか。

黒岩自身が過去に社長だった会社で、「赤字の出し方が足りない」と部下を叱ったことが何度かあった。リスクに対して萎縮しがちなサラリーマン幹部には、そう言ってけしかけることが、トップとして正しい姿勢だと彼は信じてきた《感知項7》。

会社改造の要諦5【同じ船に乗る】

上位者が自らリスクに責任をとるスタンスをとれば、事業責任者も社員も、勇気百倍になる。これを黒岩は「トップも同じ船に乗る」と表現してきた。逆にリスクを避けさせるような自縄自縛を課すなら、その経営者は社内ベンチャーなど、初めからやらないほうが賢明だ。

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