宇宙飛行はおしっこと共に

あいにくNASAは宇宙開発競争でソ連に勝つことしか頭になく、「人間はおしっこをしなければならない」という事実を忘れていた。だから船内にトイレはなかった。

トイレに行きたくなったら「どうか発射台のすぐそばに簡易トイレがありますように」と祈りながらいったん船を降り、打ち上げの予定時刻までに戻らなければならなかった。

宇宙飛行士が船を降りる前に船内を減圧し、戻った後で再加圧するには、数時間を要した。シェパードの尿意のためにそこまで面倒なことをする気になれない管制センターは、もう大きいんだから我慢しろと言い渡した。

もちろん、よほどの緊急事態でないかぎり、誉れ高い海軍将校でテストパイロットのシェパード本人も、宇宙に飛び行った史上初の資本主義者になるチャンスをふいにするわけがない。

なぜか公式記録から削除された交信記録によると、シェパードはもう我慢できないと管制室に告げた。非常に金のかかった最先端の、今まで誰にもおしっこをかけられていない宇宙服を脱ぐことを許可してくれ。でないと――。

それでも管制室は、我慢しろの一点張りだった。もはやシェパードに選択肢はなかった。

「自分の尿に殺される」最悪のシナリオ

体と宇宙服につけられたバイオセンサーを切るよう管制室に伝えた上で、できるだけヒーローらしさを保とうと苦心しつつ放尿した。

ケイティー・スポルディング『天才たちのしくじり』(かんき出版)
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宇宙飛行士はたいてい仰向けに寝た状態で打ち上げを待つから、宇宙開発競争において自由世界から初めて宇宙に飛び立たんとするシェパードは、自分のおしっこの水たまりに寝そべることとなった。

当時は宇宙服を着た状態で放尿すれば電子機器がショートし、感電死する危険がかなりあった。つまり、シェパードは「狭苦しいカプセルに閉じこめられ、仰向けに寝たまま自分のおしっこに殺され」てもおかしくなかったのだ。

尿が乾いた後、シェパードは悪臭に耐えながら約15分の弾道飛行を行って大西洋に落下し、ヘリコプターで宇宙船ごと回収された。