織田作之助の結婚通知から、病床の筑紫哲也の手紙、村上春樹の苦情まで、古今東西の作家・文化人がしたためた名文珍文を一挙公開。思わず噴飯、時にため息がもれる名人芸をご賞味ください。

依頼、お詫びの好例を紹介しよう。

まずは借金のそれだ。つまり「言い出しにくいことを上手にまとめた」文書である。借金依頼の文書はなかなか現物を目にする機会はないので、万が一のときの参考にしていただきたい。

書いたのは「うしろすがたのしぐれてゆくか」「どうしやうもない私が歩いてゐる」などの自由律俳句で知られる種田山頭火である。旅の途中、友人の木村緑平に送った(昭和4年1月5日付)もの。

明けましておめでとう存じます、おかわりないでしょう、私もおかげで、旅の新年3回目を迎えました、一応山口まで行き、引き返してさらに奥羽北陸の旅へ出かけるつもりで先月の中旬当地まで来ましたが、4大不調でしょことなしにここで年越しするようになりました、という訳で新年早々不吉な事を申上げてすみませんが、ゲルト5円貸して戴けますまいか、宿銭がたまって立つにも立たれないで困っているのです。

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(PANA=写真)

文中のゲルトとはドイツ語でお金のこと。彼なりの照れでもあるのだろう。高潔の名士とは言い難い男だが、どこか愛嬌のある人柄を偲ばせる。まるで自由律の俳句だ。

気をつけてみると、文章はすべて読点(、)ばかりとなっている。それは昔の手紙は印字された文字ではなく、毛筆もしくは万年筆で書かれていたからだ。とくに巻紙に毛筆の場合、句読点を打たずに文章を続けるケースが多い。

活字では格好悪い手紙の典型だが、墨痕鮮やかな巻紙の手紙だと想像すれば、ユーモアがにじみ出てくる。現代でも、言い出しにくいこと、伝えにくいことは心を込めて自分の字で書くと、相手は気を許すかもしれない。