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(PANA=写真)
織田作之助の結婚通知から、病床の筑紫哲也の手紙、村上春樹の苦情まで、古今東西の作家・文化人がしたためた名文珍文を一挙公開。思わず噴飯、時にため息がもれる名人芸をご賞味ください。

慶事とは違い、不祝儀、入院の知らせなどはユーモアを入れるわけにはいかない。淡々と書き送るのが1番だ。ただし、文例集から引き写したような通り一遍の言葉では、知らされた相手の気持ちが冷えてしまう。

哀しみを伝える手紙こそ、心を尽くして自分の言葉で書くべきだろう。

次の手紙を書いたのは『夕鶴』などで知られる劇作家、木下順二だ。高齢の母親を亡くした際、彼が身近な人々に描いた挨拶状である。

亡母と私とは、お互いそれぞれ、死後の儀式はすべてやめようと(第三者の前でも)話しあって約束しておりました。(略)

右の事情に従って今回もこのお知らせをお届けするのみにとどめ、通夜、葬儀、告別式など一切おこないません。この手紙御落掌のおり、お受け取り下さった方々おひとりびとりの自然なお気持ちに添うて、1度だけしばらく故人のことを思って頂ければ、それが故人の最も喜ぶところ、以て霊まったく安まるというのが、私どもの本心であります。

そのような次第ですので、御香料そのほかも勝手ながら花一輪といえども御辞退申しあげます。一輪のお志を受けてしまうことは、大輪の花輪を御辞退する理由をなくしてしまいます事情、どうか御諒察下さいますよう。

(『一本の茎の上に』茨木のり子)

この手紙を自著で紹介した詩人、茨木のり子は「達意の文章もさることながら、母を送る息子としての、この世の俗悪無残を一切受け付けまいとする気概に打たれた」と記している。確かに「花一輪といえども御辞退申しあげます」というきっぱりした文章はなかなか書けるものではない。