織田作之助の結婚通知から、病床の筑紫哲也の手紙、村上春樹の苦情まで、古今東西の作家・文化人がしたためた名文珍文を一挙公開。思わず噴飯、時にため息がもれる名人芸をご賞味ください。
結婚した、子どもが生まれた、自宅を新築したといった自分にとっての祝い事を相手に伝える場合がある。そんなとき、あまりに杓子定規な言葉では単なる社交辞令になってしまうし、かといって、浮かれっぱなしの文章はいただけない。次にあるように、喜びを抑制しながらも、ユーモアを含ませて嬉しい事実を伝えるのがいいのではないか。
大江健三郎より書簡。
来年の6月に子どもが生まれる由。子供の名前に、戸祭などはどうだろう、という。苗字とあわせて大江戸祭になる、というのだ。ふざけた男である。
(『ヨーロッパ退屈日記』伊丹十三)
著者は伊丹十三。映画監督として知られる以前は俳優、エッセイスト、グラフィックデザイナーだった。そして、ノーベル賞作家の大江健三郎は高校の同級生にして、彼の義弟にあたる。
もうひとつは『夫婦善哉』で知られる作家、織田作之助が「幕末太陽傳」で知られる映画監督の友人、川島雄三へ送った(昭和21年3月8日付)もの。
小生嘘から出た真にて、笹田ライトコメディ女史と結婚の破目にいたりました事情については縷々ありますが、要するにやむがたき宗教求道の心からで、大本教か、はたまたキリスト教か、小生未だに異端者です。
小生のようなデカダンスな男と結婚して、しまったと思ったらしく、毎日夫婦喧嘩。実は小生もひそかに文谷女史に失恋以来、もはや破れかぶれ、遂に大デブと結婚というはしたなきことになりました。
(『文豪たちの手紙の奥義』中川 越)
文を読む限り、織田作之助が結婚した笹田女史(オペラ歌手)の体型がコロコロしていたこと、ケンカばかりしていると言いながらも、仲良くやっている様子が察せられる。
軽口やブラックジョークを隠れ蓑に、知らせるのが照れくさいような慶事は諧謔をもって人に伝えるのが上策ということだ。