バブル崩壊で「価格交渉力」を失った
今治のタオル産業の歴史を紐解くと、1980年代半ばから90年代半ばまでの約10年間は“黄金の10年”と呼ばれる時代だった。年間生産量は5万トン前後で推移し、国内外の有名ブランドのOEM生産で潤っていた。
「あの頃は『高く売れ、高く売れ』だったんです」と田中氏は回想する。店頭からは「あれもつけろ、これもつけろ。箱も豪華にしろ、刺繍も入れろ」と、とにかく値段を上げるための要求が続いた。バブル景気に向かう日本経済の勢いそのものだった。
しかし、バブル崩壊後、状況は一変する。不況に伴うデフレ経済の波に加えて、海外製の安いタオルが大量に輸入されるようになり、価格競争は激しさを増していった。中間卸や小売店が価格の主導権を握り、メーカー側は価格交渉力を完全に失った。
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