――やはり何事も、「変わらないと」という本人の主体性が必要不可欠なんですね。
小倉:元テニスプレイヤーの松岡修造さんが良い例です。彼は今でこそポジティブなキャラクターで知られていますが、根はものすごくネガティブだったそうです。それをどう脱却したか。彼は「国際大会の予選で敗れ続ける」という劣等(ネガティブ)の地位に居続け、テニスの世界における社会的な死を迎えつつあった。そして強い選手は精神的にポジティブであり、そのためにメンタルコーチをつけていることを知った。だから、アメリカからメンタルコーチを呼び、テニスではなくメンタルのトレーニングを徹底的にやった。彼がウィンブルドンでベスト8に上り詰められたのは、そうしたメンタル改善の力が大きかったとも言われています。
――なるほど。環境づくりなどで本人の主体性を育みつつ、リーダーはどのようなスタンスでいればいいのでしょうか。
小倉:精神科医のミルトン・エリクソンが提唱した「not knowing、医者は患者のことを(知っているようで)本当は何も知らない」というスタンス、つまりソクラテスの「無知の知(自分は無知であることを知っていること)」から始めることではないでしょうか。
――小倉さんの著書『優れたリーダーはアドバイスしない』では、部下とともに正解を探っていくような「共創型」のリーダーのあり方が示されていますが、そのためにも「上司は答えを知っている」という“山から降りる”ことが重要だと。
顧客へのプレゼンを失敗した部下に「もし過去に戻れるなら何をどうやり直したいか?」と問う、共創型の上司(『優れたリーダーはアドバイスしない』より。作画:中村知史)
小倉:はい。上司が知っているのは「上司が自分でやってうまくいく方法」だけです。しかし、部下は上司と性格もスキルも経験も対人関係の作り方も異なります。ですから部下がうまくいく方法は上司がうまくいく方法と異なる場合がほとんどなのです。だからこそ、上司も「知らない」という前提に立ち、部下と一緒に考える。その姿勢こそが部下の成長を促すのです。


