売れない、アイデアが出ない、人が付いてこない。落ち込むことは誰にでもある。問題はそこからどう回復するか。一流ホテルの社長、トップセールスマン、学校改革の旗手など、第一線で活躍する人たちが自分だけの秘法を明かしてくれた。
サントリー酒類・スピリッツ事業部の奈良匠さんは、ウイスキーの主力商品「角瓶」を担当するブランドマネジャー。近年は消費者の低アルコール志向が進み、国内最大手のサントリーにしてもウイスキー事業の存在感はしだいに薄れつつあった。
そんな中、2008年5月に着任した奈良さんは「街で角瓶のハイボールが飲まれている」という情報をキャッチした。
ウイスキーをソーダで割ったのがハイボール。アルコール度数はおおむね1桁で、ビールや酎ハイなどと同等だ。もっと気軽に飲まれてもおかしくはない。そこで奈良さんは、ほぼ未開拓だった居酒屋市場をターゲットに、ハイボール普及のためのキャンペーンを企画した。
1人では煮詰まるだけ
その夏、奈良さんは営業部隊とともに東京の月島や新宿などの飲食店を集中的に訪問し「角瓶のハイボールを出しましょう」と口説いてまわった。その結果、取扱店は急増し、角瓶の出荷数量も年間約300万ケースへとわずか4年のうちに倍増したのである。
まれにみる成功ストーリーの主役となった奈良さんだが、2011年末、ふとしたことで壁に突き当たった。
「飲食店需要は伸びましたが、その先で足踏みをしてしまった。家飲み需要がなかなか伸びないのです」
実はそのころ、次の広告展開や営業施策について社内合意を得るのに忙しく、肝心の消費者の声には耳を傾けていなかった。反省した奈良さんは、消費者のグループインタビューなどを積極的に行い、自分が立てていた身勝手な仮説の誤りに気づかされたという。
「その間の3カ月ほどは、1人で考え込んでいることが多くて、苦しい思いをしましたね」
そんなとき、頼りになったのが「ななめ横の部署の先輩」だ。同じフロアで仕事をしているが、直接の関わりはほとんどない。そんな関係にある先輩社員に「悩みを聞いてください」と声をかけ、酒場へ誘うのだ。
「1人で考えていると頭の中が煮詰まってしまいますが、似たような経験を持つ先輩に甘えてみると、新鮮な気づきがあるんです」と奈良さんはいう。
ソクラテスの昔から対話は創造性の源である。しかも相手が「ななめ横」の関係であれば、目の前の仕事に深く関わっていないだけに新鮮な視点からのアドバイスが期待できる。奈良さんの行動は理にかなったものなのだ。