季節の変わり目は、心身ともに不調をきたしやすい時期だ。20万人の患者を診てきた精神科医の平光源さんは「不調だけど日常生活は送れるというギリギリの状態を続けた末にうつの診断にいたるケースを多く見てきた。そこから治療をすると回復に1年はかかってしまう」という――。
※本稿は、平光源『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
日本うつ病学会の衝撃データ
日本うつ病学会が発表したデータに衝撃的なものがあります。
うつ病の人が最初に行く病院の診療科は、実に64.7%が「内科」だと言うのです。そして、「自分はうつかもしれない」と思って最初から精神科に行く人は、全体のたった6%しかいません。
もちろん内科に行けば、うつ病の診断が下るわけもなく、「単なる風邪だと思う」とか「寝てれば治るから」と言って、風邪薬を渡されて終わり。
そのまま一向に良くならずに毎日をやり過ごし、気がついた時にはうつ病がひどくなっているというケースがほとんど。
では、なぜこのような事態が起こってしまうのでしょうか?
実際の患者さんの事例を通して、その理由を見ていきましょう。
大好きな音楽を聴いていても、前ほど心が躍らず、むしろ何だかうるさい。
映画を観ていても本を読んでいても、内容が頭に入ってこない。
1日が始まる感じもしないし、終わった気もしない。
「これってもしかして、うつなのかな?」
でも、そんな言葉を使うには重すぎる気がするし、とりあえず日常生活はなんとなく送れている。
それに、このことを誰かに相談したら心配されそうで、それもちょっとめんどう。
――こうして一向に調子が戻らないまま、毎日がどんどん過ぎていく。
やっとの思いで家族に相談すると、家族は笑いながら「気にし過ぎだよ」「ちょっと疲れているだけじゃない?」という返事。
そこで、これ以上家族に心配をかけたくないと思ったその人は、「そうだよね」と相槌を打ち、しんどい状態を我慢します。
引き返すチャンスはあるのに…
ところが次第に、胸がつかえ、胃が重くなって食欲が減り、動悸やめまいや頭痛にも襲われるようになり、ますます体調不良は進む一方です。
そうして選んだ病院は、内科。
ところが胃カメラを飲んでも「なんでもない」と言われ、さらに、耳鼻科に行って検査をしても「問題ない」と言われ、最後に、脳神経内科に行ってMRIを撮っても「異常はない」と言われてしまう。
「異常がない」と言われたことで、一瞬は安心するけれど、その人の胃痛やめまいや頭痛は楽になるどころか、より一層悪化するばかり。
職場に迷惑をかけるからと、相談するどころかエナジードリンクを無理やり流し込んで、這うように職場に向かいます。
そのうちに夜は眠れなくなり、風呂に入るのも歯を磨くのもなんだか億劫になり、何も考えることができなくなって、ついに職場に行けなくなってしまうのです。
その頃はもう食欲もなくなって、まるで砂を噛んでそれを飲み物で無理やり流し込んでいるような状態で、見える世界は、モノトーンの色のない世界。
普通ではないあなたの状態に、慌てた家族に懇願されて、あんまり行きたくない最後のクリニック、精神科の門を叩きます。
そこでいよいよ「うつ病」と診断を下されるわけです。
こうして平均約1年とされる、長い回復への道が始まります。
これが、私がこれまで診てきたうつ病患者さんの代表的な例です。
さて、精神科医として従事して25年。少なくとも延べ20万人の患者さんとお話をしてきて、私がいつも残念に思うことがあります。
それは、
「いくらでも気がつけるチャンスがあったのに!」
「うつ病にならなくて済んだのに!」
という思いです。

