なぜ、『ドラえもん』は世代を超えて愛され続けているのか。『パンチラインの言語学』(朝日新聞出版)を上梓した言語学者の川添愛さんは「大人になって読んでも深い含蓄と読み応えがあるし、使われている語彙も多岐にわたり、セリフの表記も面白い」という――。

『ドラえもん』で初体験する言葉

多くの人が指摘していることだが、『ドラえもん』(藤子・F・不二雄/原作)は大人になって読んでも深い含蓄と読み応えがあるし、使われている語彙ごいも多岐にわたる。

この作品から学んだ言葉は多い。私以外にも、「Yロウ」で「賄賂」という言葉を初めて知った人は少なくないはずだ。

後から「そうだったのか!」と気づくことも多い。ライターの形をした道具で、中にシナリオを書いた紙を入れて点火すると周囲の人々がそのとおりに動く「シナリオライター」がlighterとwriterをかけた洒落であることや、「ウソ800(エイトオーオー)」や「流行性ネコシャクシビールス」といったネーミングがそれぞれ「噓八百」「猫も杓子も」から来ていることに気づいたときはさすがに笑った。今でも、ふとしたときに「わすれとんかち」は「薄らトンカチ」から来ているのかな、などと思うことがある。

のび太を始めとする小学生たちも、大人っぽい発言をすることがある。子どもの頃、第3巻「ママをとりかえっこ」でスネ夫がのび太に「公平にみて、きみにも、反省すべき点があるよ。」と言うのを読んだときは、何を言っているか分からなかったが、「ああ! なんとおとななんだこいつは!」(©藤子不二雄Ⓐ先生)と思った。

若き日の藤子・F・不二雄さん(左)と藤子不二雄●(○の中にA)さん=1965年11月
写真=共同通信社
若き日の藤子・F・不二雄さん(左)と藤子不二雄Ⓐさん=1965年11月

「あ」行を使う長母音の表記

今読み返して気づくのは、セリフの表記の面白さだ。藤子・F・不二雄先生の他の漫画にも通じる特徴だが、日本語の長母音(長く伸ばす音)を表記する際に長音符「ー」ではなく、「あ」行を使うことが多い。

たとえば「だれかあ! たすけてえ‼」のように、「か」を伸ばした音を「かあ」、「て」を伸ばした音を「てえ」と表記する。

「だれかー! たすけてー‼」ではないのである。個人的な感覚だが、「ー」だとそのまま伸ばす感じになるが、「あ」行だと独自のピッチアクセント(音の高低差)が生まれて、独特のおかしみが出るように思う。

第7巻の「山おく村の怪事件」にはパパとママが童謡「どこかで春が」を歌うシーンがあるが、それも「どおこおかあで春が生まれえてる。」「どおこおかあでめえの出る音があするう。」というふうに長音がすべて「あ」行で表記されており、どことなくシュールな感じがする(もっとも、ジャイアンの歌声を表す「ボエー」などの描き文字では、長音符が普通に使われている)。

また、第4巻の「ソノウソホント」では、のび太はひみつ道具を使ってパパに素手で石を割らせ、見物に来たジャイアンたちに「すごうい」と言わせる。ここで、「ご」を伸ばした音を「ごう」、つまり「う」を利用して表現しているのが面白い。「ご」は音声的には[go]なので、それに忠実に表記したら「すごおい」なのだが、「すごうい」の方が発音の際に唇の動きがあってメリハリが出る。余談だが、同じコマのパパのセリフが「へ」「ん」「だ。」と一文字ずつ別のフキダシに入れられているのも、パパの当惑ぶりが分かって面白い。