一方、仕事上、必要に応じて読む専門書の類はまた別の読み方になる。ここ数年、注目されるのは、人間の心理を考慮しないこれまでの標準的な経済学に対し、心理を重視する行動経済学という新分野の関連書の出版が相次いでいることだ。
なかでも2008年、翻訳出版された『経済は感情で動く~はじめての行動経済学』(マッテオ・モッテルリーニ著)は、私が日ごろ話している内容と非常に共通しており、事例も多く、初心者にもわかりやすい内容だったため、会社の幹部社員たちに購読を勧めた。これを知った版元が書籍の帯をつくり替え、「本書は、経済は心理学だという私の持論を、見事に解説してくれている」という私の推薦の言葉を大きく載せたりもした。
特に印象に残ったのは、ニューヨークのマンハッタンでは雨の日のラッシュアワー時になぜかタクシーがつかまらなくなるというエピソードだ。原因は運転手の仕事の仕方にあった。雨の日は利用客が多くなる。短時間で売り上げ目標に達するため、いつもより早めに仕事を切り上げてしまう。客が多いのだからもっと長く働けば、より多くの収入を得られるのに、実際はまったく反対の非合理的な働き方をしていたのだ。
この非合理性は次のように説明される。人間は損と得を同じ天秤にかけず、心理的に損のほうを得より大きく感じて、損失を回避する行動をとりがちだ。ニューヨークのタクシー運転手もその日の売り上げが目標額に達しないと、それを損失と考え、より長く働こうとする。しかし、結果的に売り上げは伸びない。一方、雨の日は目標額に達すると損が回避されたと感じ、それ以上、長く働こうという積極的な態度はとらず、結果、大きな機会ロスが出てしまう。
同じことはコンビニの経営についてもいえる。廃棄ロスが気になるオーナーは5個仕入れて5個売れたら、損失が回避されたと安心してしまう。一方、売り切れたということは、もっと多く仕入れていたらより多くの利益が得られたはずだと発想できるオーナーは、次回はより積極的な発注を仕かける。人間は目に見えない利得より目に見える損失に目が奪われがちだからこそ、売り手は保守的な心理から抜け出さなければならないと、私は説くのだ。一方、買い手も心理によって判断や行動が左右される。本の中では、こんな例が紹介される。ひき肉の内容表示で「赤身80%」と「脂肪分20%」では同じ意味でも顧客は前者を選ぶ。つまり、人は提示のされ方や表現のされ方によって、選択が変わる。行動経済学でフレーミング効果と呼ばれる現象だ。