中国でのシャインマスカットの栽培面積は日本の約29倍
この問題が厄介なのは、日本の優良な種苗のうち無断で流出したのはカンキツだけではないからだ。農研機構が育成したブドウ「シャインマスカット」や、静岡県が育成したイチゴ「紅ほっぺ」の種苗が中韓で無断で販売されているなど、その例を挙げればきりがない。
社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」は2020年9月、「中国、韓国のインターネットサイトで、日本で開発された品種と同名またはその品種の別名と思われる品種名称を用いた種苗が多数販売されている事例が明らかとなった」と発表した。イチゴ、サツマイモ、カンキツ、リンゴ、ブドウ、ナシ、カキ、モモなどで36品種が確認されたという。
ただ、現実には、無断流出は36品種などという数字には到底収まらない。そう言い切れるのは、日本のイチゴ農家から次のような話を聞いたからだ。中国・上海にある公的研究機関を訪ねた際、日本で育成された名の知られたイチゴの品種がほぼすべてそろっていたという。
流出した品種の日中韓における生産量を比べたのが図表1だ。この表では、たとえば種なしで皮ごと食べられるブドウ「シャインマスカット」については、中国における栽培面積が日本の約29倍に達すると推計されている。
シャインマスカットの損失額は推計で100億円以上
「シャインマスカット」といえば、「農研機構果樹研究所ブドウ・カキ研究拠点」が、高温多湿の条件でも果実が割れにくい品種と認めて育成したうちの一つ。大粒で香りの良いヨーロッパブドウと、病気に強いアメリカブドウをかけ合わせることで、両方の良さを兼ね備えているブドウとして、2006年に品種登録を済ませている。
その大産地は、いまや日本ではなく中国である。農水省は、中国への無断流出による損失額を推計。2022年7月、年間100億円以上に達していると発表した。品種の育成者である農研機構に本来支払われるべき許諾料(ロイヤリティ)を、出荷額の3%として計算すると、この額になるという。
韓国にも無断で流出し、中韓で栽培が広がり、タイや香港などに果実が輸出されている。したがって、農水省が試算していない、輸出機会の喪失に伴う損失額も相当あるとみるのが自然だ。
中韓から許諾料を取るにはもう遅い。農研機構が青果物の輸出を想定しておらず、海外での品種登録を怠っていたからだ。海外で品種登録できる期限は、自国内で譲渡を始めてから6年以内。「シャインマスカット」はこれをすでに過ぎているので、海外での栽培はいまや合法であり、農研機構は許諾料の支払いを求めようがない。中韓で産地化されていることは、農研機構とそれを所管する農水省の手落ちだ。
国や地方自治体が税金を投じて育種をしながら、無断流出によって図らずも海外の農業を振興し、日本農業の足を引っ張る。日本の農政はこれまで、そんな悪循環を生み続けてしまった。