因果応報
2021年6月。義母は要介護5になった。施設入所前に義母を診たメンタルクリニックの医師は、「空想虚言症」と診断。
「寂しくなると、寂しくした原因ではなく、周りで優しくお世話してくれる人たちにキバをむく病気だそうです。なんてガッカリな病気なんでしょう。これでは、世話してもらえなくなり、話を聞いてくれる人もいなくなります」
佐倉さんは、病気になった義母に同情を寄せるが、限界だった。実の子どもである夫や義姉の対応のまずさも、佐倉さんの心をすり減らせた。クリプトコックス症で義母が入院したとき、夫が義姉に、「母さんをよく世話してくれたんだ。美香に感謝してくれよ」と言ったことがあるが、「あんたらもばあちゃんに世話になったやろ! やって当たり前!」と言い放ち、佐倉さんに対して感謝もねぎらいの言葉もなかった。
「それならもう、世話しませんよね。私は他人で、実子ではないんですから。『せいぜい血のつながった方々が親身になってあげてください!』という気持ちになりました」
義母は特養に入所後、食欲が落ちてきて、何度か胃ろうの話が持ち上がったが、夫は断った。
「義父に『いらんから捨ててきて!』と言った義母です。これ以上の長生きは望まれないでしょうね。あの母親の息子で、あの姉の弟だから仕方ない。自分が一番かわいいから、これ以上、私に嫌われることを恐れたのでしょう」
義父母に善意でしたことについて、「実の子どもである夫や義姉から評価されないことが、何よりつらく苦しかった」と話す佐倉さん。
「夫にぶつけてものれんに腕押し、ぬかにくぎ。いつか、義母が義父に言ったように、夫にも言ってやろうと思ってやり過ごしました。実母が愚痴を聞いてくれたので、何とか我慢できたような気がします。おかしなことを言い出す前は義母も一応、『あんたのおかげで助かった。ありがとう』と言ってくれたことがありますが……。一言でいい、ありがとうで癒やされることは多いです」
義父の時は、本来介護をするべき義母が投げ出していた。夫は自分の親のことなのに、仕事を言い訳にして、佐倉さんが手を引くまで真剣には考えてくれなかった。
「実の子どもだからやれることはたくさんあります。嫁には決定権がないのに、病院、施設、官公所は『(あなたが)嫁でもいいから、こちらの話を聞け! でも判断するのは実子!』って判で押したように言うので腹が立ちました。『決定権のない者に、お世話をさせるな!』です」
確かに、嫁は伝書鳩じゃない。佐倉さんは筆者に対して、「不幸なお嫁さんを1人でも減らしたい」と話した。
「シングル介護」とは、主に未婚者や、配偶者と離婚や死別した人などが、介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる過酷な状況は筆舌に尽くしがたい。
なぜそんな危機的状況が生まれるのかといえば、介護を担っているその人以外の親族が、無視を決め込むからだ。佐倉さんの場合は、1人で担わされていた佐倉さんが手を引いたことによって、実子である夫が1人で介護をせざるを得なくなった。
だが、本来は姉と話し合った上で、役割や金銭的負担を分け合う必要がある。話し合うことを放棄して介護から逃げる親族がいれば、その負担は当然、それ以外の親族へ行く。
筆者はこれまで50近い家族の介護を見てきたが、因果応報はあると考える。逃げや不誠実、卑怯なおこないは、いつか自分に還ってくるだろう。