「食」は、人間が生きる楽しみのひとつ。それは高齢者や要介護者にとっても同じことだ。広島県の試験研究機関が2002年に特許出願した、料理の見た目はそのままで、歯がなくても歯茎や舌で潰せる柔らかさに加工する技術「凍結含浸法」は今、多くの料理に採用されている。開発までの経緯と進化のプロセスを家庭問題に詳しいノンフィクションライターの旦木瑞穂さんが取材した――。
広島県立総合技術研究所 食品工業技術センター
写真提供=広島県
広島県立総合技術研究所 食品工業技術センター

「もったいない精神」から生まれた技術

「柴田君~、ちょっと来て~!」

2001年の夏。主任研究員・坂本宏司(当時44歳)は実験用の野菜が傷まないよう、野菜を冷凍庫に入れて帰宅。翌週月曜日に出社し、実験を開始したところ、驚くべきことが起こった。この3年、どうしても成し得なかったことができたのだ。

隣室の研究員・柴田賢哉(当時29歳)はただならぬ様子に緊張し、坂本の研究室に急ぐ。装置のそばにおそるおそる寄ってみると、そこにはきれいなオレンジ色を保ったまま、形なくペースト化されたニンジンがあった。

「芯も残らず、全体がつぶせるよ!」

坂本は子どものようにはしゃぎ、スプーンの背でニンジンを潰してみせた。これが、22年後の現在も続くヒット技術の発明のきっかけとなるとは、このときは知る由もなかった。

広島県立総合技術研究所 食品工業技術センター

広島県立総合技術研究所は、2007年に工業、食品製造、農林水産業、保健環境など県内の8つのセンターを統合して設立された研究施設だ。8つのセンターの1つである食品工業技術センターの歴史は古く、これまで多くの県内関連企業などを支援し、産業の発展や復興に寄与している。

1990年代に入り、同センターでは、植物素材(野菜類、果実類、豆類、穀類など)をミキサーなどで粉砕してペースト素材を製造する際に、「野菜の色が悪くなる」「栄養成分が溶出・減少する」などの問題に注目。その原因が「物理的な粉砕により、細胞が破壊されるためではないか」と考え、植物組織の単細胞化技術の開発を1998年にスタートした。